はてさて、ニワトリが先か?玉子が先か?

世界が変わるのか?自分が変わるのか?


よく「自分の部屋の状態が心の状態と同じ」と言われている。

なので、心をスッキリさせたい時、部屋を掃除すると良い。


同じように自分をスッキリさせたい時、世界を掃除すると良い。

<できるか~!!>



例えば、恋をすると世界がバラ色に見える。何もかもが素晴らしく見え、

誰に会っても優しく親切な自分がいる。それは自分が幸せに満たされているから。



例えば、失恋すると世界が死んだように見える。何もかもが暗く沈みこみ、

誰に会っても恨みがましくふさぎこんだ自分がいる。それは自分が怒りと

悲しみに落ち込んでいるから。



上記はどちらも一時的な例えだが、世界と自分は切り離されていないという事を

分かりやすく表している。



では一時的ではない場合はどうか?


「悟り」という境地に至った時、世界と自分はいまここという瞬間、永遠にひとつになる。


私=意識  は、肉体でもなく、思考でも感情でもない。


感情でもないので、幸せや不幸もない。


もっと言うと、魂でもない。


何か形のある全てから離れ、今見ている世界そのものだと気づく。


いや、もっと言うと、世界を映し出しているスクリーンの様なモノ。


いや、もっと言うとスクリーンですらない。


本当のところ何もない。無色透明でまさに「空」。


玉ねぎのように「形」という皮を剥いて剥いて、剥き続けると中心は「空」。


「意識」が「形」に張り付くと「分離」のゲームが始まる。


それがルール、私達は同意して始めた。


だって、他にすることがないからね。


それがそれでないモノに張り付くから、分離。



もう充分すぎるほど、ゲームを楽しんだよ。






そろそろいち抜けよっかな~。


え?まだやる?・・・・・・どうしよ? ・・・照






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