ブログを書かないことが多くなり、
どれくらい経ったのか。
その間もずいぶんいろいろなことが
あったので、
少しずつ書いていってみようかなと
思ったり思わなかったりする
今日この頃です。
で、まず書かないと始まらないのが、
このお話。
SHINeeのお話なので、
「えー、またぁ?」という方は、
また違うブログでお会いしましょう。
あれから半年ですね。
半年・・・6ヶ月。
もう?まだ?
数字にすると余計わからなくなる。
今朝は新曲をクルクルしていたら、
いつの間にか5人の日本バラード系に
突入してしまい・・・
なんかいろいろあきらめて、
今は、ジョンヒョンの声を聴きながら
このブログを書いています。
彼の声は圧倒的すぎるわ。
4月の終わりに韓国に行ったのですが、
目的は、ジョンヒョンに会いに
もう一度追悼空間へ行くことでした。
留学を終えて帰ってくるときに、
「また来るね」と約束したので、
4月末で閉じてしまったあの空間に、
約束どおりに行ってきました。
この渡韓の際、
街中でよくSHINeeの曲を耳にしました。
留学していた間は
滅多に聴かなかったのに。
韓国入りしてからも
いつ行くかウダウダしていた
3日目くらいに入ったお店で、
いきなり상사병(恋煩い)が流れましてね、
あのイントロからの、
ジョンの声ですよ。
固まりました。
あわてて録音してみたのですが、
固まりすぎて、画像がお茶固定です笑
んで、
「あなたはただ会いに来たんでしょ~」
と背中を押された気になり、
その日の夜にあの空間に
行くことができました。
これも撮りに行ってきました。
なかなか行けなかったのは、
なるべく人の少ないときに行きたかったのと、
あの空間に行き、
ジョンとお話をしたら・・・
ここを出たら、
進まなければ。
そんな気持ちがあったからです。
わたしは
○○しなければいけない、ってのが
好きじゃありません。
世の中に、
絶対にしなければいけないことなんて
ないと思ってる。
でも、
そんな気持ちが必要な時も
あるんじゃないかと、
このときは思ったりしていました。
メッセージを残して、
しばらくしたら行くつもりだったのに、
結局2時間近く、
居続けてしまった。
ジョンの声を聴き、
わき上がってくる気持ちを
書き留めながら。
伝えたいことは
全部出して、伝えて、
そうして進もう。
そんな気持ちでした。
たくさん書いたので、
今は記憶が定かではないのですが、
その中のひとつは、
こんなことでした。
絶望しないほうの道を選んで、
生きてみるね。
わたしの人生は、
これさえあれば生きていける、
逆にこれがなくなったら・・・っていう
大きな部分がなくなっていくから、
たまにスレスレまで行ってしまう。
だからこそ、
いつだって
楽しいほう、おもしろいほう、
生きるほうを選ぶ。
生ききろう、生ききるねと
書き残しました。
で、
長い時間あの空間にいるうちに
あ、ここにジョンはいないなぁと
感じて。
あるのは、
わたしたちの想いだ、と。
想いがあふれていた。
そして、
ジョンは、
ジョン自体は、
そこここに在って、
ミストのように降り注いでいた。
あくまで、わたしの感じたことです。
抽象的な、ね。
それが、
哀しくも美しく、あたたかくて。
それを感じられてやっと、
この場所を出ようという気持ちになれました。
なんかねー
時間がかかるんだよ。
うん。
哀しみというか、
喪失感が癒えていくのには。
死の概念。
なんとなく感覚的にわかるし、
すべてがなくなってしまう
わけではないことも
なんとなくわかっている。
でも、
わたしは神様ではないし、
悟ってもいない、
どちらかというと、
かなり敏感にできている人間だ。
時間がかかる。
でも、時間が薬だとも知っている。
父が亡くなって8年半。
母が亡くなってもうすぐ6年。
今年やっと、
父の日、母の日に反応しなくなった。
でも、忘れたわけじゃない。
いつかはちゃんと
抱えられるかたちになる。
抱えられる時間が長くなっていく。
それが良い悪いじゃなく、
人間に備わっているものだから。
こうしてちょっと
抱えきれない日は、
無理せず、感じていようと思います。
今日は、
日本という異国のことばを、
丁寧に丁寧に奏でてくれた
彼を想おう。
追伸
先日、写真を撮ってくださった
写真家さんが、
あの当時、
日本での報道をきっかけに、
彼の曲を聴いてくれて、
そのことをSNSに
書いてくださったことがあって。
それがとても美しい文章だったので、
もうジーンと来てしまって。
その気持ちをやっと伝えることができました。
「セクシーな方ですよね」
って言ってたよ、ジョン。
嬉しいね。
嬉しい。
