久しぶりのブログです。
大晦日ですね。
2017年が終わるまでに、これだけは書いておきたくて、
PCに向かっています。
いつもこのブログを読んでくださっている方には、
K-POPはあまりなじみがないかと思います。
しかし、
彼、SHINeeのジョンヒョンのニュースは、
日本でも大きく取り上げられたと聞きました。
なので、
彼が自ら選び、旅立ったことを
ご存知の方も多いかと思います。
このブログは、
わたしの名前も顔も晒している、
本当に一個人のブログで、
シャウォルブログではありません。
が、残しておきたいと思います。
とりとめないものです。
6年前、日本のテレビで彼らを見てから、
わたしの生活には、毎日SHINeeがいます。
毎日です。
わたしの「一部」という言葉では、
とても表しきれない。
この6年、本当にいろいろなことがあった中で、
ワクワクをより大きくしてくれるのも、
疲れ切った心を慰めてくれるのも、
怒りを落ち着かせてくれるのも、
がんばりを支えてくれるのも、
SHINeeでした。
今回のことは、
内臓をひとつえぐり取られたかのような
衝撃で、いまもその形のままに
ぽっかりと穴が開いています。
あの日、
ソウルには雪が積もり、
朝学校に行こうと外に出て、
空に舞う牡丹雪に故郷を思い出し、
とても嬉しくなりました。
授業が終わり、
近くにある業界の人も良く来るという
豪華なカフェにはじめて行き宿題をしながら、
業界っぽい雰囲気を醸し出す人の背中に、
なぜかジョンヒョンを思い出していた夕方。
ジョンヒョンも、
曲ができたらあんな風に誰かに
嬉しそうに聴かせたりするんだろうか、と。
まさかその頃、たった二駅先で、
彼が心を決めているなんて
知るはずもなく。
一報を聞いたのは、
日本に住む友人のLINEでした。
送られてから1時間ほど経っていました。
その瞬間の記憶はあまりありません。
意味がわからなかった。
・・・心の中で何度も何度も
「意味がわからない(わかりたくない)」と
つぶやき続けて、
あるときふと、
起こることすべてに意味なんてないんだった、と
思い出しました。
時系列はもうぐちゃぐちゃですが、
呆然としているうちに、
ジョンヒョンがお姉さんに送ったという
メッセージを目にしました。
それが読めてしまった。
こんな悲しい文章を読めるようになるために、
韓国語を勉強しているわけじゃないのに。
そんな思いがこみ上げました。
ニュース記事はどうしても読めず、
滅多に見ないツイッターを覗いたのが、
もう夜10時をまわったころだったと思います。
そこで目にしたのは、
まだ集中治療室で治療中、という情報でした。
行こう、と思った。
もう後悔したくない。
ただそれだけの思いで。
1週間ほど前に開催された、
ジョンヒョンのソロコンサート。
行くつもりだったのに、
なぜか2日間眠くて眠くて、
あきらめてしまった。
追加があったら必ず行こう。
そう思っていたのに。
次なんてなかった。
だからもう、後悔したくなかった。
こんな時病院のまわりに駆け付けることが、
常識から外れているのは、よくわかっていた。
だけれど、
せずにはいられなかった。
でも、どこかでわかっていた。
彼がこんなにも強く望んだことが、
叶えられないわけはない、と。
彼のこれまでを振り返って、
きっと伝えきったのだろう、と。
それでも、
まだやり遺したことがあるなら、
戻ってきてほしいと思った。
でも、やっぱり、
もうやりきってたよね、ジョン。
日が変わる少し前に、
事務所からの公式発表が出ました。
「たくさんたくさんありがとう」と
前のブログに書き足していて、
そんな風に思ったんだろうなと思います。
翌朝、ジョンヒョンの最後の言葉を
目にしました。
まだ韓国語の上手な方々が
翻訳をあげてくださる前で、
少しでもジョンの心が知りたくて、
単語を調べた。
調べるたび、その意味に絶望していきました。
苦しかったね。ジョン。
ごめんね。
わかっていたのに。
あなたが苦しみとともにいること。
わたしたちはなんて無力なのだろう。
後に訳された言葉を読み、
苦しく暗い文章なのに、
闇にすべてを飲み込まれつつある
最後の最後まで、
彼の思いやりを、優しさを感じて。
人の心が痛いほどにわかってしまう。
あなた自身も感じてきた痛みを、
見逃せない。
あなたは表現者だから、
その感度を鈍らせることで逃げるなんて
できなかったね。
あなたにこの世は
とても生きづらかったね。
その後、
弔問へも行ったけれど、
あまりにも遺影の笑顔が美しく柔らかくて。
もう今となっては、
あの場に自分が本当に行ったのかも、
わからなくなってしまう。
ただ、
斜めの位置から見上げても、
まるで目が合っているような錯覚に
陥ったのを覚えています。
出棺の前の日は、
COEXへメッセージを届けに行きました。
出棺の日は、
病院の近くまで行ったけれど、
少し離れた小高い場所から見送りました。
先にシャウォルさんがひとりいて、
その方の邪魔をしたくなくて、
少し後ろに立ちましたが、
その後来た何人かの方も、
わたしやその人の前に出るようなことはなくて。
そこは哀しくもあたたかい空間だったように
感じます。
魂がもうそこにないとしても、
その姿かたちに、
しぐさに、表情に、
そして、その声に、
どれだけのものをもらったか。
だから、見送りたかった。
あの日から、
SHINeeの曲も、ジョンヒョンの歌も
聴けなくて、今も無理だけれど、
このときだけはジョンの曲で送りたくて
あなたが言ってほしいと言った言葉、
きっとずっとかけてほしかったであろう言葉が詰まっている
この2曲を聴きながら送りました。
アイドルという肩書きが邪魔するけれど、
ジョンヒョンは、
作り手であり、
語り手で、
表現者。
正真正銘のアーティストです。
ソロアーティストとして十分に活躍できる力を持ちながらも、
いつも、いつも、
SHINeeを大切にしてくれていた。
それは、
SHINeeが彼にとって、
いつだって必要だったからなのだと、
わたしは思っています。
何日か後に、
2018年最初の曲が、
ジョンヒョンの曲の予定だったという
情報を目にしました。
2月には5人でのドームツアーが決まっていて。
どんどん決まっていくスケジュールのなか、
自分でラインを引かなければ、
ゴールを決めなければ、
今している目の前のこともできなくなってしまう。
わたし自身がそんな時があったので、
あくまでその体験を重ねてですが、
ジョンもそうだったの?
ふとそう思ったりもしました。
悲しく、
むなしく、
やるせない年の瀬です。
こんな時に励ましてくれるのは、
ジョンヒョン、あなたの曲だったのに、
まだしばらくは、聴けそうにないよ。
あなたはたくさんの曲を残してくれたけれど、
あなたがいなくなってしまったら、
こんな風に聴けなくなっちゃうんだよ。
「そうだね。ごめん。
でもいつか聴いてね」
そんな風に言いそうだなぁと思い浮かんで。
わかった、
いつか聴くから。
あなたの言葉を
わたしなりに受け止められるくらいまで、
韓国語もがんばってみるよ。
たらればの世界がないことも、
いまここに在ることがすべてなのも、
わかっている。
でも、
気を抜けば、「たられば」を思ってしまう
ときがある。
あの日以来、
積もるほどの雪の日はなく、
あたたかく、晴れている日も多くて。
ジョンヒョンを見送った日も
快晴だった。
もしあの日、
あんな風に雪が降っていなかったら。
あなたは思いとどまってくれたかな。
でも、それはもはや苦しみを長引かせている
だけだったのかな。
ぐるぐるしてしまう思いもそのままに。
いまはただ、
胸に詰まる悲しみを、
時に涙で溶かしながら、
大きな喪失感や虚しさとともに、
なにが、とか、
どうして、とか、
そういうのはいいから、
泣きたいときに泣いて、
でも笑えるときには笑って。
無理にどうこうしようとせず、
感じるままにいます。
あなたがかけてほしかった、
「おつかれさま」も
「よくがんばったね」も、
まだ痛みをともなう。
でも、これだけはあたたかい気持ちで
自信を持って言える。
ジョンヒョン。
あなたはいつだって、
いままでも、
これからも、
わたしの、
わたしたちの誇りです。
