なんで言葉ってあるのかな。
それは・・・
ややこしくするため。
笑笑
いやほんと、
そうだと思う。
人間って、
肉体があって、
気持ちがあって、
思考もあって、
そして、言葉を持っている。
まず、
自分の
体の状態や、
感じたこと、
思ったこと、
考えたこと、
これを100%、言葉で、
寸分違わず、表現するのは不可能で、
それ以前に、
体の具合も、
感じたことも、
すべて把握することすら、難しい。
それを、
言葉を使って、
誰かに伝えようとする。
誰かに伝えるためには、
今のところ、言葉が必要。
言葉の意味なんて、
百人百様で、
おなじ単語でも、
ぴったり同じ意味で覚えているのか、
いないのか、
それすらもわからない。
そんな中、
わたしたちは、
言葉を使って、日々、伝えようとしている。
そう見ると、
まっすぐに伝わらなくて当然って
思えてくる。
いつかはテレパシーで、
もしくは、魂を読んで、
言葉にせずともまるっと
理解できる世界になるのかもしれない。
でも、少なくとも、
わたしたちが生きている「今」は違う。
なら、どうするのかというと、
どうせ伝わらないのだからと、
言葉に頼るのをやめるのもよし、
それでも、少しでも伝えたいと、
言葉を尽くすのもよし。
それで、やっぱり伝わらなくて、
仲を違えたり、
「伝わったよー」と言ってくれた人の
解釈が全然違ったりで、
なんだよー、と、
やっぱりなー、と
そのややこしさを、
存分に味わえばいい。
その頃には、
言葉を使う意味が、
間違いなく伝える、とか、
相手に知ってもらう、とか、
そんなところにないと気づくから。
言葉なしでまるっと伝わってしまっては、
人間に生まれてきた甲斐がない。
そのややこしさを、
そのもどかしさを、
存分に味わうことが、
人間に生まれてきた、
醍醐味なのだから。
そして、
ある時ふと、
言葉を超えて、
伝わるものがあること。
それも、
人間の
醍醐味なのだから。