初めまして。
37歳の崖っぷちシングルマザーです。
私は、生まれてからずっと、クズでした。笑
両親は水商売の共働きで、母親はフィリピン人。父親は日本人です。
幼稚園年長さんくらいの頃から、夜間保育園に行かず家で1人でお留守番をしておりました。
今の時代、考えられませんね。笑
それが、当たり前の日々だったので、自分が変わった家庭とか全く思ってませんでした。
でも、今、思えばやっぱり、変でしたよ。
いつも、大体同じ格好、学校にもちゃんとした時間に行かない、いつも1人でフラフラしてる~etc…笑
低学年の頃の運動会の記憶は…親が来てなかったかな?くらいでした。笑
で、小学二年生の頃には、両親の離婚がかあり、母親についていくことに。
田舎町に引っ越しました。
そこは、とても小さい町で、母親が水商売のため、あまり良い目ででは、みられてませんでした。
変わらず、私は夜1人で自由に過ごしてました。
夜ご飯を食べないからと母親に殴られたり母親の彼氏がうちきてて、朝起きたら隣で営みがあったりとか、正直子供を置いとけれる環境ではなかったと思います。
でも、やっぱり、子供ながら母親のことを求めてたし優しい場面はたくさんありました。
休みの日は、バスで2時間かけて、父親の家に行ったりしてました。(父のお店が上手くいって少し裕福になってました)
でも、そこでも、父親は彼女がいて、子供ながらに疎外感がありました。
小学6年生の頃は、歌が大好きで歌手になりたいとずっと思ってて、オーディション雑誌を買い漁って10ヵ所くらいに家で録ったデモテープと写真を送ってました。
ある会社だけ、合格通知が届きました。
すぐに父親に連絡して東京にいかなきゃ!とゆーことで、2人で初の東京へ。
田舎者の私からしたら、何もかもがた高層!人も多い!みんな派手!臭い!のイメージでした。笑
面接もして、合格しました!
一応、5枚CDデビューもしました。
(たくさんの大人の方に協力してもらったのに、私が子供過ぎてもあって全く売れませんでした。)
中学1年~3年まで東京に住んでおりました。
最初の半年は母親も上京してたのですが、私の思春期のせいで、母親は帰郷して、腹違いの姉と一緒に住んでました。
結局、契約解除になり、変わらず思春期の私は夜遊びばっかりで家にも寄り付かず、田舎へ戻ることに。
その頃は、母親も引っ越してちょっと都会の方へ。
続きは、次へ。
長々とありがとうございました。