前回からの続きになります
前回は以前暮らしていた2匹の兄妹猫のうち、妹猫が死んでしまった時に感じたことの話でした
今回は兄猫の時のお話です
妹猫が死んでしまってから2年後、16歳と数ヶ月の時に兄猫も亡くなりました
老衰によって体の水分調節がうまくできなくなり、何も口にしなくなってしまいました
病院へ行くと、点滴を打ってあげると体が楽になるとのことでしたが、あとはもう体力の持つ限りだと言われました
点滴のおかげで少しの間食欲も戻り、このまま元気になってくれないものかと思いましたが、日に日に体が機能しなくなるのを感じていきました
本当に体というのはすごいバランスで働いているのだと、改めて感じることになりました
寝たきりになってしまい、小さな体を介護して2週間ほど経った頃
口から何も受け付けなくなって数日経っていましたが、時々下痢をしてしまうのでお尻を拭いてあげていました
亡くなる日の夜中も目が覚めて、お尻を見ると下痢をしていたので拭いていました
その時にゾワゾワ、ザワザワ感じ始めました
以前の感覚を忘れていたので最初は"何かゾワゾワするな"と思いました
ザワザワが強くなっているのを感じて、思い出しました
私が何か予感として感じているものなのか、どこからそのザワザワが感じられるのか
注意して感じると、小さな体の中でとても騒いでいると私には感じられました
それから少しして呼吸が乱れた後、息をしなくなりました
翌日から寝不足などのためか、私も熱が出て1週間寝ていました
その間猫たちに感謝したり、魂などが穏やかにあるように祈ったりしていましたが、あのザワザワしていたものについても考えていました
体が死んでしまう時、何かがあんなに騒ぐのだというのを感じて、"私のこの体も、死んでしまう時にあんなふうに騒ぐんだろう"と思いました
細胞や体の中にいる菌のように、とてもたくさんの目に見えないほどの小さな物質の声のようなものだったのかもしれないと考えていました
酸素などがうまくまわらなくなり、苦しくなって騒いでいたのかもしれない
そして、あんなふうに騒ぐ意識のようなものを持っている存在のように感じられました
騒いでいるものを見たのではなく、何を言っているのか聞いたわけでもなく、"騒いでいると感じた"ということです
"感じただけ"というのは、事実というには確かなことではないと思うのですが、感じるというその感覚が捉えることもあると思うのです
誰かの様子を見て、悲しいと感じているのだろうとわかったり、顔や口では明るい感じだったけど何か寂しそうだった、など感じることから理解することや、"その感じ"に対する共通認識のようなものがあると思います
私はそのザワザワしたものを感じた時、"騒いでいる"と感じたのです
異常なことが起きて騒いでいるような感覚を感じました
その騒いでいると感じたものが何なのかは分かりませんが、妹猫の時に感じた"体が死んでしまう"と騒いでいるように感じたのは何だったのか、兄猫の時は"死んでしまう"と言って騒いでいるとは感じませんでしたが、それでも騒いでいるのを感じたのでした
騒ぐ"意識があるもの"が体にある、そういう感覚でした
このことが"体にはたくさんの存在がいる"と感じたきっかけの出来事ですが、この時は"形あるもの"として存在を感じたというものでした
その後に意識や、形ではない力の存在について感じたり考えていくきっかけにもなりました