今回は、目に見えない・形ではない存在(精霊のようなもの)について書いていこうと思います。
私は夜、布団の中で横になり眠る前に、今日の1日に感謝を伝えて眠りに就くことを心がけています。
一つは、見えない大きな力で私を守ってくれている存在(一般的に言うとハイヤーセルフや守護霊、信じている神仏などの存在)と宇宙やすべてを動かしている力やそのもの、大いなる存在に。
一つは前回に書いた、形として体にいるであろうとてもたくさんの何かの存在=私の体が生きることをしてくれているすべての力の存在、私の体に。
そしてもう一つは、形ではないたくさんの存在です。
それは、私という宇宙の中のここをするために集まっている力の存在、そしてすべての人やすべての生き物に働いてくれている存在でもあり、生き物以外のすべてにも宿っている存在=精霊のような存在です。
この世のすべては「大きな意識」=「形ではないもの」が、エネルギー体として形で現れている存在だと認識しているので、自分がしているすべては、そういったエネルギー体の存在が私をするために集まっていて、そのおかげで私を行なうことができているとそう思っています。
それは、魂と言われる少し大きな存在に、たくさんの光の粒のような力の存在が集まって1人の人が構成されていると、私はイメージしています。
例えば、出かける準備をしてドアから外に出て、鍵を閉める時に忘れ物に気付ける時があります。
気づくことができたのは、記憶をしてくれている光の粒が教えてくれた、というイメージです。
ティンカーベルのような光の粒が光って教えてくれているようなイメージです。
なので私はその時に「教えてくれてありがとう」と私の記憶の力に伝えます。
そうして"教えてくれた声を聞いている意識"を持っていると、何か忘れていても気づけることが増えてきます。
そして記憶の粒も一つの存在ではなく、記憶を担当するのにもたくさんの存在がいると思っています。
"記憶"というエネルギーの存在は、生き物だけではなく場などにも存在していて、時々人はその場の記憶から何かを感じたり、また心霊現象として見せられることもあるのだと思います。
"記憶"というのも意識の現れで、「大きな意識」の中にすべての記憶があります。
アカシックレコードと呼ばれるものは、「大きな意識」の中にある記憶にアクセスするというものだと思います。「大きな意識」の中には過去・現在・未来すべてがあるので、そこにアクセスすると未来のことを予知するということになります。
それを思うと私個人の忘れ物など本当に些細な記憶に感じますが、私がその時忘れた物の在処も"記憶"の中にあるということです。
"記憶"というものは「大きな意識」の中にあり、「大きな意識」がこの世界に現れる時はエネルギー体として現れるので、体が記憶にアクセスするには記憶を担当するエネルギー体が存在していると思っています。
記憶に限らずすべてはエネルギー体で、私がこの体ですることのすべてはたくさんのエネルギー体=精霊のような存在が働いてくれているということなのだと思っています。