7月1日(金) 
今日から7月ですネ。
2011年も後半モードになりました。
昨夜中降り続いていた
が先ほどやんだところです。
6月12・13日で島根県の津和野に行きました。
遅れた記事でスミマセン。
この日は
でしたので
傘をさしてカッパを着て回りました。
今回は写真をあまり撮ってないのでm(__)m
城下町らしい町並みです。



こうして
歩いている時に
汽笛が聞こえてきて…
ダッシュしてSLを観に行きました。

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この姿を観れて
本当によかったです。
その後に乙女峠マリア聖堂に行きました。
津和野駅の西、乙女峠に立つ小さな聖堂です。
http://www.sanin-k.com/image216.jpg
キリシタン禁令による長崎浦上の36人の殉教者と聖母マリアに捧げる記念堂。
昭和26年、津和野カトリック教会パウロ・ネーベル神父によって建立。
(写真を撮るのは憚られたので、ネットからお借りしました。)
1868年(明治元)新政府はキリスト教を禁じ、長崎県浦上の隠れキリシタン3600人余を全国20ヵ所に流罪とし、拷問により改宗を強制しました。
このうち153人が乙女峠の光琳寺[こうりんじ]跡に収容され、36人が殉教しました。
彼らの霊を慰めるため、1951年(昭和26)にドイツ人神父ネーベルが建てたのがこの聖堂です。
聖堂の周りには寒い冬に水責めに使われていた池、火あぶり、減食、などの拷問が繰り返され牢屋に入れられていた様子がありました。
悲しい話がたくさんあって書けません。
乙女峠で鎮魂の祈りを捧げて後にしました。
その後は
森鴎外記念館に行きました。
小説『舞姫』で有名な鴎外ですが改めて知ると…
さまざまな肩書を持つ優秀な人だったようです。
森 鷗外(もり おうがい、本名は森 林太郎(もり りんたろう)。
第一次世界大戦以降、夏目漱石と並ぶ文豪と称される。
そしてまた
森鴎外の勉強をした後は今日泊まる湯田温泉
に行きました。
島根から山口に戻る形になります。
湯田温泉で夕飯を食べた後に
観光案内所に寄ったら案内所の人が
『国宝の瑠璃光寺が夜10時までライトUPされていますから是非行って下さい。』と
熱心に教えて下さったので…では行ったみよう!!ということになり

余計な者が写っていてスミマセン…これしかなくて…
しかも
夜モードで撮っているのですが
これです。
せめて雰囲気がわかって頂ければと思います。
来てよかったね~。でした。
応永の乱で戦死した大内義弘の菩提を弔うため、弟の盛見が嘉吉2年(1442)に建てたものです。
室町時代中期の優れた建築物で、上にいくにつれて細くなる最も美しい塔の一つと言われ、国宝に指定されています。
室町時代中期の優れた建築物で、上にいくにつれて細くなる最も美しい塔の一つと言われ、国宝に指定されています。
そして翌朝は萩に向かいました。
萩に行く途中、少し入ったところに瑠璃光寺があります。
朝の瑠璃光寺も観よう!!と思ってまた行きました。

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今度は邪魔者がいない写真が撮れました。
日本庭園に素晴らしい瑠璃光寺が姿を魅せてくれました。






素晴らしい瑠璃光寺を後にして…
萩市に向かいました。
つづきはまた…(^^ゞ
"Have a good day."