バカ息子と連呼されてる我が家のバカ息子

そう呼ばれるにはそれなりの過去がある。

そして、ホントのバカ息子、でも、親が言うのもどうかと思うが…

人懐っこく憎めない奴

なので、困った時はいつも誰かが助けてくれる

☝️、これ、人に助けられてこの歳まで育ってきた。

これこそがまさに、バカ息子のまま成長した原因


思い起こせば、誕生から医者にお腹を押され、なんとか出てきた。この時から誰かが助けてくれてる。

このバカ息子が保育園に通い始めた頃から言い続けてきた事がある。
右矢印良い事、褒められた事は言わなくて良い
お願い悪い事、怒られた事は隠さずに教えてください。嘘は絶対につかないお願い

我が家のたったひとつの決まりごと


まー、毎日毎日、よくもここまで…と思えるほどベラベラと報告をしてくれていました。それは、今でも変わらない。

素直で単純に育ったのはこの子育て論のおかげ?なのか…

その報告を聞いて何かの折に謝罪したり、一緒に謝りに行ったり…

ホントに色々あります。
ただ不思議と、謝罪すると多くの場合、相手や相手の親御さんが笑顔なんです。

数人で悪さをして、学校から呼び出され、謝罪に出向いた時、あ、オタクはもう良いですよ

と、ウチだけ許して?もらえたこともありました。


その原因が、先日明らかになったのです。


バカ息子、悪いことして去り際に
「あー、これ絶対母に怒られるやつだぁ。あとでぼく、泣きながら謝りに来るかも

と、言い残して帰ってたそうですえーえーえー
なので、相手方は、
あ〜、ちゃんと報告して、こっぴどく怒られて今ここにいるんだなぁ

と、察して笑ってしまってたそうです。
なんだか、報告受けた時は怒って、謝りに行っても肩透かしで私も笑ってしまってた。

やはり、人に助けられてる。
その話をすると、

息:  えー🤨これまでのあの許しって、真剣に謝ってたの伝わってなかったって事?

と、よく言えば人徳 と、言ってくれる人がいるかもしれない。でも、そんな言葉は絶対に奴には言わない。ので、

母:  勘違いするな、お前はいつも周りの人の優しさに助けられてる赤ちゃん、この歳でまだ人の手助けが必要って事なんだよ


それを言われなんと反論するかと思えば、
息:  ありがたいねー、みんな優しくて助かるわ。 
     母もみんなみたいな優しさ身につけるように頑張れ👍

ときたもんだから…

母:  めでたいバカ息子、耳の穴かっぽじってよく聞け、個別性を求める方式になるはずの今年からの受験が崩れさった今、実力あるのみなんだ。誰もお前を助けらんないんだよ!


息:  えー。それ困る、困るなぁ…


なんだか、バカ息子との会話が疲れてきた。
こんなんで受験?大学生?

おいおい、嘘だろ…