またまたずいぶんご無沙汰となってしまったアメブロ💦


最近はもっぱらInstagramに投稿することが多くなりましたが


秋の夜長、久しぶりにしっぽりとブログを綴りたくなりました。


今日はハロウィン🎃

そして実は、我が母の命日でもあります。


何気ない日常の記憶というのは

驚くほど忘れやすいのが人間というものですが


自分にとって心揺さぶられるような

印象的なその日の天候というのは、月日がたっても鮮明に思い出されるものなのかもしれません。


今から22年前の今日、とても寒い1日だったと記憶しています。

なんせ、今でも愛用しているダウンジャケットを羽織って病院に向かったような…



とにかく、その年の10月31日前後はものすごく寒かったことを覚えています。



さて、なんで今日私がこんなお話をしているかと言うと、母の命日ということもありますが


最近参加したシンポジウムで

母が闘病中にお世話になっていた帯津良一先生にお会いしたからなのです。



帯津先生は、日本のホリスティック医療の第一人者として有名な方で

西洋医学の医師でありながら、西洋医学のガン治療を行なっていく中で、その限界に気づき

ホリスティックな視点で治療をしていく大切さを長年追求している方でもあります。


母がどんな経緯で帯津先生を知ったのかは今となっては聞くすべがありませんが

長年の抗がん剤治療をへて、さまざまな痛み、苦しみを経験した母が、帯津先生の病院に入院し


かすかな命の光を、懸命に慈しんでいた夏の日の記憶が、なぜか私の心に残る母の思い出として今でもたびたび思い出されます。



それも母が病院の中にいる記憶ではなく、川越にある帯津病院に父と兄と3人でお見舞いにいった時


お見舞い終わり病院の外を歩く私たち3人を、母が病院の外まで1人出てきて、笑顔で大きく手を振りながら見送ってくれている風景です。



母は他にもたくさんの病院に入院したことがあり

人生の最期は帯津病院ではなく、別のホスピスで迎えましたが


その時の母の記憶よりも

あの夏の日、帯津病院の帰り道に母が病院の前から大きく手を振って見送ってくれた記憶が、いつまでたっても思い出されるのはなぜだろう…と



そしてそれから20年以上の時を経て

その時母がお世話になっていた帯津先生に直接お会いできたこと。

先生と笑顔で言葉をかわし、母に代わってお礼も伝えられたこと。

私にとって、とても感慨深い出来事でした。



今の私が「未病予防につながる」ためのセラピストとして活動しているのは、母の闘病生活や死が大きなきっかけで


「限りある命を、より健やかに幸せに生きるためにはどうすればいいのか?」


「セラピストの私ができることは?」


を突き詰めていった先に

今のマッサージセラピーの学びやホリスティック医療への関心などにつながり


その学びの中で、帯津先生と再び巡りあえたこと。



人生というのは、なんとも粋な展開を用意してくれるものですね。



20数年前、苦しくて後悔も沢山して(母に対して、まったく親孝行なんてできなかったので)

誰も私の気持ちなんて理解できないでしょ。

運命はなんて残酷なんだ…と勝手に殻にこもって絶望していた長い時代がありましたが



その絶望があったからこそ、今の私の原動力に繋がっています。



…おっと、暗い気持ちになったらごめんなさい🙏💦



私は今日のブログで悲しかったことを話したいのではなく

一見ネガティブな出来事であっても人生長い目で見ると、その出来事が自分の大きな「糧」になる…ということをお伝えしたかったのです。



御年88歳(!)の帯津先生との記念写真✨


足腰もしっかりされていて

ものすごく有名な先生ですが、まったく威圧感がなく写真通り笑顔の可愛いほがらかな方でした。


驚くことに毎朝3時頃に起きて、寝起きにビール一杯飲むのが先生の至福の瞬間らしいです(笑)


世間一般の健康長寿の常識とは…🤣



やはり「正しいことより楽しいこと」を大切にした方が免疫力も上がるのかも…?なんて思ったりしました🎃



ではでは、今日はこの辺りでブログを締めたいと思いますラブラブ


最後までお読みくださりありがとうございました🙏✨