引き続き、言霊についての妄想話です。
今回は「あた」を取り上げます。
※ヲシテ - Wikipedia をご参照ください。
「あた」(仇、敵)は、古語辞典によると、ぴたりと向き合って敵対するものの意です。
「あた」を言霊の第一規則に照らして直訳すると、以下のようになります。
「なにものかを生きるあなたは、この世界から集める処のものに生きている」
また、言霊の第二規則に即して訳すると、
「なにものかを生きる天は、あなたをこの世界から集める処のものに生きる」
となります。
あなたが敵対するものは、この世界から集められる処のものに生きられたものということになります。
あなたが敵対するものは、この世界から集められた処のものに生きられたもの。
ここで、あなたが敵対するものとはなにかを考えてみる必要があります。
あなたが敵対するものは、あなたが排除すべきものなのかということです。
あなたが生きる上で必然として、あなたの前に立ちはだかっているものと考えられるのではないでしようか。
あなたが敵対しているものは、あなたがこの世界を生きる過程で、この世界から集めてきたものということなのかもしれません。
あなたが生きる必然として、自身に敵対するものを作り出しているということだとすれば、あなたは、自身の心持ち次第で、あなたに敵対するものを、あなたの味方にすることもできるということです。
この可能性を探るために、今度は、「あた」から派生して作られたものと思われる言葉を見てゆくことにします。
「あた」に「ひ」が付くと、適する、相応しいの意味。もとの語は「あたあひ(合)」で、
「なにものかを生きるあなたは、この世界から集める処のものに、自分自身をなにものかを生きる処のものに毀ち開く」
または、
「なにものかを生きる天は、あなたをこの世界から集める処のものに生きる処のものを通して、地をなにものかを生きる処のものに毀ち開く」
となります。
ここでは、あなたの敵対するものは、あなたに相応しいものとなります。
「あた」に「へ」が付くと、与えるの意味になります。もともとは「あたあへ(合)」がつづまったもので、これについて見てゆくと、こうなります。
「なにものかを生きるあなたは、この世界から集める処のものに、なにものかを生きる処のものに、自身を定めなく開き生きている」
または、
「なにものかを生きる天は、あなたをこの世界から集める処のものに生きる処のものを通して、地をなにものかを生きる処のものに、定めなく開き生きている」
となります。
ここでは、あなたが与えるものが、誰かにとって否むものではなく、自身に相応しいものとして受け入れることができるものだということを表しています。
また、「あた」に「り」が付くと、当たる、辺りの意味で、物が直進してぴたりとぶつかることです。
「なにものかを生きるあなたは、この世界から集める処のものに、なにものかを生きる処のものに、自身を毀ち与える」
または、
「なにものかを生きる天は、あなたをこの世界から集める処のものに生きる処のものを通して、地をなにものかを生きる処のものに、自身を毀ち与える」
となります。
と見てきましたが、「あた」から出た言葉に、敵対する意味のものはないのです。
そうすると、「あた」自体、もともと敵対する意味の言葉ではなかったということが考えられます。
この世界にあなたに敵対するものを表す言葉など、じつはもとからなかったのです。
「あた」は、あなたが生きる上で対峙するものの意味くらいの意味だと捉えるべきでしょう。
あなたがなにかを生きる処のものに、この世界から集める処のものに生きられるもののすべてが、「あた」が表しているものなのです。
※言霊は癒やしであり、1語1語声に出してみることでその効力が発揮されます。ぜひ声に出してみてください。
理屈ではなく、あなたは、自分のうちに深い癒やしの力が得られることを感じることでしょう。
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