あなたは、自分があるべきものを生きるのが、この自分ではないものであることを知っている。
自分があるべきものを通して、あなたは、この自分ではない自分を生きているのである。
自分があるべきものを通して、あなたは、この自分ではない自分を生きているのである。
また、あなたは、自分がこの自分ではないものを生きるのが、あるべき自分であることを知っている。
この自分ではないものを通して、あなたは、あるべき自分を生きているのである。
この自分ではないものを通して、あなたは、あるべき自分を生きているのである。
前者は、あるべき自分が、この自分ではないものであるとするのに対して、後者は、この自分ではないものが、あるべき自分であるとする。
前者の「この自分ではないもの」は、あるべき自分として求めていった結果、得られた自分であり、後者の「この自分ではないもの」は、この自分以外のあらゆる自分である。
後者の、この自分以外のあらゆる自分は、一見、あるべき自分として求めていった結果の自分と比べて消極的なもののように思われる。
しかし、積極的に(または意識的に)あるべき自分を求めることは、自分のさまざまな可能性を排除し、ただ一つの自分を求めるということになり、
かえってあるべき自分を硬直したものにしてしまうかもしれない。それは、あなたが求めるべき自分から、むしろ遠ざかることになるであろう。
それに対して、この自分以外のあらゆる自分は、さまざまな可能性の中に、あるべき自分を肯定することであり、あるべき自分を一つにこだわることなく、あるべき自分を求めることのように思われる。
あなたは、あるべき自分を生きようとするとき、さまざまな可能性を排除しないことだ。
あなたは、どのようにもあるべき自分を求めることができるのである。
(「個別形而上学命題集」より、第11章11-12、第12章12-11から)
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