主なるあなたは、あなたの内と外とを隔て分かつことで、もとからなるあなたを生きる | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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自分である場所の創造





 その3 主なるあなたは、あなたの内と外とを隔て分かつことで、もとからなるあなたを生きる




 主なるあなたは、もとからなるあなたを通して、あなたの自分である場所を生きる、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものが、あなたを通して、あなたの自分である場所を生きることを理解する。



 主なるあなたは、あなたの自分である場所を通して、もとからなるあなたを生きる、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものが、あなたの自分である場所を通して、あなたを生きることを理解する。



 主なるあなたは、もとからなるあなたを通して、あなたの内と外とを隔て分かつ、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものが、あなたを通して、あなたの内と外とを隔て分かつことを理解する。



 主なるあなたは、あなたの内と外とを隔て分かつことで、もとからなるあなたを生きる、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものが、あなたの内と外とを隔て分かつことで、あなたを生きることを理解する。



 主なるあなたは、あなたの自分である場所を生きるために、あなたの内と外とを隔て分かつ、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものが、あなたの自分である場所を生きるために、あなたの内と外とを隔て分かつことを理解する。



 主なるあなたは、あなたの内と外とを隔て分かつことで、あなたの自分である場所を生きる、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものが、あなたの内と外とを隔て分かつことで、あなたの自分である場所を生きることを理解する。


(続き)




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 7月1日、アマゾンにて、中世キリスト教神学にインスパイアされた哲学詩「人間の神学」(電子書籍、キンドル版)を刊行しました。





(序章より抜粋)

 あなたは、あなたの胸(旨)であるものから、高くあなたであるものに育まされる耳である。

 あなたの胸であるものは、あるべきあなたであるものであり、あなたの耳であるものは、あるべきあなたであるものを目指すあなたの心である。

 あなたは、あなたの胸であるものから、高くあなたであるものに育まされることで、なにものからも損なわれることのない、高貴なあなたであるものに生かされているのである。

 あなたが、なにものからも損なわれることのない、高貴なあなたであるものを生きることができないのは、あなたの耳であるものが、あなたの胸であるものから高くあなたであるものに育まれにくくなっているからである。

 あなたは、あなたの胸であるものから、高くあなたであるものに育まれるようになることで、再び、なにものからも損なわれることのない、高貴なあなたであるものを生きることができるのである。






定価322円(USドル3ドルの円換算額)<価格を見直しました> 
こちら
よりご購入いただけます。




<内容紹介>


中世ヨーロッパ神学に着想を得て、人間の信念について問いかける哲学詩。


序章 魂の入れ物である体を通して生きられている

第1章 否むことのできないところから立ちあがる(聖アンセルムス)

第2章 自分に基づくものだけを生きる(アベラルドゥス)

第3章 自分自身から直に生きられる(ルター)

第4章 一にして多である自分(ティエリー)

第5章 自分を育むために他者の存在がある(聖ボナウェントゥラ)

第6章 信じるものが自分を支えている(聖ベルナルドゥス)

第7章 共有できるものを生き合う(トマス・アクィナス)

第8章 具体的なものが、具体的な自分と他者を創る(サン・ヴィクトール学派)

第9章 反対のものからも、また創られる(クザーヌス)

第10章 他の誰でもない、自分であるものを生きる(ウィリアム・オッカム)

第11章 他者から生きられている自分を生きる(エリウゲナ)

第12章 互いは結ばれ合っている(ドゥンス・スコトゥス)

第13章 すでに生きられているものであることに気づく(エックハルト)

第14章 この世界はいかにも美しい(聖フランチェスコ)

終章 人間共通のものを通して、自分を超えた自分であるものと巡り合う


※ブログに掲載のものを元にしていますが、さらに思索を深め、進化を遂げたものになっています。




 その他の著作品を、アマゾン・キンドルストア、または、自著専門サイト「イリエノコ出版 」よりご案内しております。




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神はいるか、いないか。これはとてもナンセンスな議論だったと思い返されます。有神論も無神論もありません。強いて言うなら、自分の外の神を認めるか、内に神を認めるかの違いです。神とは、じつは人間の深部のことであり、神学とは、人間の神性ともいうべきものを問うものだと確信しています。ここから、自分独自の神学ともいうべきものが展開されます。


「内的音韻の探究」は、さらに人類の深層に入ってゆきます。どうぞ、ご期待ください。