緑の濃い匂いがしたと思うと、自分のまわりに草木が生い茂り、草のまばらにしか生えない荒涼とした岩山と打って変わって、深い森の中に自分が横たわっていることに気がついた。
そして、プロメテウスに語りかける声に耳を傾けた。
「プロメーテーウス。
貴方はここに安らぐがいい。
貴方のまわりの緑は、貴方の傷ついた心とからだをとこしえに癒すであろう。」
「貴方のことはよく知っている。
貴方は、樹木の精霊ドライアドである。
わたしは、貴方から、とこしえに癒される。
すなわち、わたしたちの身近な血である、あなたから、とこしえに、わたしの強くあるものに息づかれることで、自身のより「強くあるもの」に生きられ、
わたしたちの身近な胸である、あなたから、とこしえに、わたしの聡くあるものに育まれることで、自身のより「聡くあるもの」に生きられ、
わたしたちの身近な腕である、あなたから、とこしえに、わたしのとらわれなくあるものに創造されることで、自身のより「とらわれなくあるもの」に生きられ、
わたしたちの身近な内腑である、あなたから、とこしえに、わたしの豊かくあるものに満ち足らされることで、自身のより「豊かくあるもの」に生きられ、
わたしたちの身近な肌である、あなたから、とこしえに、わたしの貴くあるものにかばわれることで、自身のより「貴くあるもの」に生きられ、
わたしたちの身近な骨である、あなたから、とこしえに、わたしの重くあるものに支え持たれることで、自身のより「重くあるもの」に生きられ、
わたしたちの身近な舌である、あなたから、とこしえに、わたしの広くあるものに味わわれることで、自身のより「広くあるもの」に生きられるのである。
しかし、わたしは、貴方の策略を見抜いている。
貴方は、貴方の足元に憩うものを、さまざまな催眠の手を用いて、貴方のもとから離そうとはしない。
貴方の足元に憩うものを、貴方はとこしえにとどめておこうとするであろう。
それは、貴方を離れて、なにものも生きることは考えられないことだからである。
なぜなら、貴方以外のものに基づこうとするのはみな不正であり、ただ、貴方だけに基づくことが正しいことになっているからである。
それは、貴方を超えて貴方を生きるものが、貴方のまわりを、すべて貴方自身を肯定するものだけで覆ってしまったためである。
自己矛盾を抱えて貴方のもとに憩うものは、自己矛盾を持たない貴方のなかで安らぎ、そこからけっして離れようとはしたくなくなるのである。
そうして、貴方の足元で、いったん寝入ったものは、もう二度と目覚めることはないのである。
貴方は、貴方のゆえに、永遠の眠りについた、冷たいむくろを栄養として生きてきたのである。」
すると、プロメテウスのまわりに生い茂っていた緑は霧消して、ふたたび元の荒涼とした岩山に戻っていた。
プロメテウスのつぶやき。
「わたしたちを超えてわたしたちを生きる、わたしたちの自分である、主なるものよ。
貴方は、かくもさまざまな手を用いて、わたしたちの心を篭絡させ、また、わたしたちを互いに対等な絆であるものから引き離して、わたしたちの中の、なにものにも代え難い、わたしたち自身であるものを、おびただしく奪ってきたのである。」
*ドライアド ドリアード、ドリュアスとも。樹木に宿る精霊で、年を取らないが、自身が宿る樹木が枯れると、命を失ってしまう。自身の宿り木を傷つけたものには容赦なく罰を下す。また、恋した相手を木の中に引きずり込んでしまうという。