震災から一年が経ちましたが、私は、被災地が再び元気を取り戻すときが来ることを確信しています。
なぜなら、逆境こそ人に測り知れぬ力をもたらすからです。
挫折体験が、人間をより強くさせる、と説いたのが、カール・ヤスパースです。
彼は長らく精神医学の道を歩いてきました。
その中で、挫折体験が人間を成長させる契機になっていることを目にしたのだと、私は思います。
挫折体験とはなんでしょうか。
それは、自分が乗り越えられなかった、ということです。
自分の限界を突きつけられたというのが、挫折体験です。
しかし、そこであきらめれば、そこでとどまってしまいます。
あきらめず、自分の限界を克服しようとするとき、あなたはよりよい自分を獲得することができるのです。
つまり、挫折は、あなたの成長にとってなくてはならない契機なのです。
挫折体験からあなたの成長が始まると言ってもいい。
挫折しない人間は、成長することができません。
それは、自分の限界に気づかないからです。
自分の限界に気づくことで、人は成長することができるのです。
たしかにそれはとてもしんどいことでしょう。
それはそうです。あなたがあなた自身を必死で突き破ろうとしているのですから。
大量出血は覚悟しなければなりません。
しかし、それを乗り越えた後には、以前よりも健やかに、強くなっている自分があります。
逆境は、あなた自身を乗り越えさせ、より強いあなたを創造するのです。
より強くなったあなたは、その挫折体験があったからこそ、今のあなたがあるのだということに気づくでしょう。
ふと、どうして自分はあんな挫折体験をすることになったのだろう、とあなたは考えます。
なにか必然があったのではないか──。
たしかに必然といえば必然だったのです。
あなたが未熟であったからこそ、あなたがかくのごとき挫折体験を味わうことになったからです。
いま体験していなくても、いずれ体験しなければならないことだったのです。
神を信じるなら、神が未熟なあなたをより成熟させるために与えた試練だと考えてもいいでしょう。
挫折こそ、あなたが求めることなのです。
挫折から逃れようとしてはなりません。
進んで挫折しましょう。
挫折は、あなたをいまある自分から、より強い自分への導くでしょう。
逆境はあなたを強く鍛え上げます。
そこから逃げてはいけません。
今の状況は自分にとって必要だったのだと考えましょう。
いずれ、あなたは、以前よりも比べ物にならないくらいに強くなっている自分に出会うことでしょう。
「あなたは、
あなたのからだが「弱くあること」を否が応でも認めされられることを通して、
あなたのからだのより「強くあること」を生き、
あなたの耳が「疎くあること」を否が応でも認めされられることを通して、
あなたの耳のより「聡くあること」を生き、
あなたの脚が「とらわれてあること」を否が応でも認めされられることを通して、
あなたの脚のより「とらわれなきこと」を生き、
あなたの肩が「貧しくあること」を否が応でも認めされられることを通して、
あなたの肩のより「豊かくあること」を生き、
あなたの背が「賤しくあること」を否が応でも認めされられることを通して、
あなたの背のより「貴くあること」を生き、
あなたの肉身が「軽くあること」を否が応でも認めされられることを通して、
あなたの肉身のより「重くあること」を生き、
あなたの目が「狭くあること」を否が応でも認めされられることを通して、
あなたの目のより「広くあること」を生きるのである。」