貴方は、互いに対等なものどうしを再び貴方から生きられるものと、そうではないものとに分かつことで、貴方であるものを生きたのでした。そうして、貴方から生きられるために、貴方は自分のからだを犠牲にすることを厭わなかったのでした。たとえそのからだが滅ぼされようとも、そのからだを超えた貴方自身を生きるのであるなら、それは永遠の命を生きることだからです。こうして、おびただしく貴方は貴方のからだを害ったのでした。(ペテロの教会)
また貴方は、互いに対等なものどうしを結びつけるものを再び生きることで、貴方のからだであるものを生きようとしました。貴方は互いに対等なものどうしを結ぶ絆であり、貴方を通して、互いに対等なものどうしが再び生き合われるのです。しかし、それは、互いに対等なものどうしが、ただ貴方から生きられるものに分かたれて生きられるものから激しく攻撃を受けることになり、ついに滅び去ったのでした。(サマリアのメシア、シモン・マゴス)
また貴方は、互いに対等なもの個々において、個々を超えたものとして生きようとしました。貴方は誰もが共有する普遍的な存在ではなく、互いに対等なもの一人一人との関わりを通して、貴方であるものを生きたのでしたが、正統派から異端とされたのでした。(バシリデス)
また貴方は、世界を貴方から生きられる部分と、貴方から生きられぬ部分とに分かつことで、貴方から生きられる部分によって、貴方のからだであるものを生きようとする一方、正統派から異端として告発されたのでした。(サトゥルニヌス)
また貴方は、貴方が生きるからだを、貴方から純粋に生きられる部分と、そうではない部分とに分かち、貴方から純粋に生きられる部分を通して、貴方のからだであるものを生きたのでした。(ケーリントス)
また貴方は、互いに対等なからだを、貴方のからだであるものとして生きようとしたのでした。互いに対等なからだを貴方のからだであるものとすることで、貴方は互いに対等なからだであるものを貴方自身のからだとして生きたのです。(マルキオン)
また貴方は数多のものを通して、不完全な、互いに対等なからだであるものをより完全なるものへと導いたのです。(ヴァレンティノス)
また貴方は、世界から解き放たれた善なる存在を生きると、貴方のからだであるものが悪しき世界から解き放たれ、善なる貴方のみから生きられることで、貴方であるものを生きたのでした。(マニ教パウロ派)
また貴方は、互いに対等なものを介して貴方から生きられるのではなく、じかに貴方から自身を超えて生きられることで、貴方であるものを生きたのでした。極端な禁欲主義に走った貴方のからだであるものは、互いに対等なものを介して貴方から生きられることを求めるものを拒んだ挙句、自ら死を選んだのでした。(フリギュア派、モンタノス主義)
また貴方は、からだを通して、互いに対等なものを超えて貴方であるものを生き(デュナミス的モナルキア主義)、
行為を通して、互いに対等なものと交わり(モドゥス的モナルキア主義)、
自ら互いに対等なものとなることで、互いに対等なものを超えて貴方であるものを生き(ノエトス主義)、
互いに対等なものが貴方から生きられる分だけ、互いに対等なものを超えて貴方であるものを生きた(サベリウス主義)のでした。
また貴方は、互いに対等なものどうしと、それを超えて生きるものとの橋渡し役を生きることを通して、貴方であるものを生きたのでした。(アリウス派)
また貴方は、幻のからだを通して、互いに対等なものを超えて生きることで、貴方であるものを生きたのでした。(アポリナリオス派)
また貴方は、互いに対等なものを、貴方の母(聖母マリア)であるものから解き放ち、ただ貴方から生きられるようにすることで、貴方であるものを生きたのでした。(ネストリウス派)
また貴方は、ただ互いに対等なものを超えた存在を生きることで、貴方であるものを生き、貴方を三位一体の存在であることを正統思想とするものと激しく対立したのでした。(単性論)
また貴方は、ただ互いに対等なものどうしへの働きかけを通して、貴方であるものを生きるのです。(単働論)
また貴方は、互いに対等なものどうしに示す一なる意味を通して、貴方であるものを生きたのでした。(単意論)
また貴方は、互いに対等なもののからだに刻み付けられた貴方の痕跡(聖痕)を通して、貴方であるものを生きたのでした。(パウロ派)
また貴方は、互いに対等なものどうしの罪を一身に背負い、互いに対等なものどうしをいっさいの罪から解放したものを生きることで、貴方であるものを生きたのでした。(ペラギウス派)
また貴方は、互いに対等なものが、自身の罪に気づき、これをあがなおうとするものを生きることを通して、貴方であるものを生きたのでした。(カッシアス、半ペラギウス派)
また貴方は、互いに対等なものの思惑に左右されず、ただ貴方自身の意思によって、互いに対等なものを生きることで、貴方であるものを生きたのでした。(アウグスティヌス)
そうして貴方は、貴方から自身を超えて生きられる、対等なからだであるものを、さらに生きるために、新たな貴方であるものを創造したのでした。