【フォーク酒場の都市伝説】消えたシンガー | エミリぶろぐ

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田中エミリ♪の活動情報や
日々の出来事等を掲載しています。

※自己責任でお読みください。
このお話は基本的にフィクションです。
各店で語り継がれている内容とは若干のズレがあるかと思いますが、その辺はご容赦ください。

第3夜【消えたシンガー】

フォーク酒場巡りで知り合った音友(音楽友達)里奈はピアノの弾き語りで歌う二十代の女性シンガー。
私と同じように都内や他県のフォーク酒場やライブハウスを1人で廻ってライブをしている。
私と違って歌唱力もありピアノもしっかりと弾きこなせる彼女は、その実力が認められて近々プロデビューも決まっている。

私はといえば、たいした実力もなくインパクトもオーラもないアマチュアのアーティスト。
彼女みたいなメジャーデビューの夢もなく適当に楽しみながら酒場やライブハウスを点々とする毎日。

その日、私と里奈は行きつけの喫茶店でお茶していた。
他愛のないガールズトークを楽しんでいた私達だったが、里奈から新しくオープンしたフォーク酒場の話を始めた時からその都市伝説は始まったのである。

「ねぇ知ってる?C町に新しいフォーク酒場が出来たらしいんだけど、そのお店チャージが300円なの」
「ええっ?300円?」
「しかもドリンクは飲み放題」

「マジで?!そんなんで経営していけるの?そのお店」

「なんかね、どこかの外国の会社が親会社で安く営業出来るらしいの。ギターやベース、シンセドラムとか、もちろんピアノも。しかもグランドピアノを置いてるらしいよ」

「へぇ~すごい」

「今日これから行ってみようと思うんだ。エミリも一緒に行かない?」

「う~ん…私も行きたいところだけど、今日は貴弘と畑山千春のコンサートに行く予定なんだよね~」

「そっかぁ~残念」

貴弘というのは私の彼氏。
よく行くフォーク酒場の従業員で、プロのシンガーソングライター。
私の一目惚れ(正確には一聴き惚れ)で猛アタックの末付き合うことになったのだが最近はマンネリ気味になってきている。

「あ、そろそろ待ち合わせの時間」

「じゃあ出ようか」

里奈と別れて貴弘との待ち合わせ場所である公園のベンチへと向かう途中、携帯が鳴った。
貴弘からだった。

『もしもし、エミリ?俺だけど』

「貴弘?今向かってるとこ。もう少しで着くよ」

『それがさ、今日なんだけど、レコーディングが長引いててさ、悪いけどコンサート行けなくなったから。ごめん』

「ええ~マジで~?この間もライブのリハでドタキャンしたじゃん」

『そう言うなよ。歌録りがどうしても納得いかなくてさ、これから録り直しすることにしたんだ。この埋め合わせは必ずするからさ』

こと音楽のこととなると完璧主義者の貴弘のことだ。
デートをドタキャンされることもしばしば。
しかもこの間は私に内緒で合コンにも行ったらしいし
(貴弘の友達から聞いた)

悶々としながらとりあえず駅に向けて歩き出す。
こんなことなら里奈とフォーク酒場に行けば良かった。

確かC町だったよね

私は携帯サイトのフォーク酒場検索のページを見てみた。

今居る場所から電車でふた駅くらいの所だ。

「今からでも行ってみようかな。里奈もまだいるかもしれないし」

私はC町へ向かうことにした。

電車の中でもう一件のサイトを見てみる。
フォーク酒場の内部事情や噂、ちょっと危ない情報など客からの口コミを書き込む掲示板だ。

早速例のC町のフォーク酒場についての情報が書き込まれている。

『C町にニューオープンしたフォーク酒場ヴォイス。あそこはヤバい。歌の上手い客はトイレに入ると二重壁になっている隣の部屋に引きずり込まれる。そして海外のある国へ売り飛ばされショーパブ等で24時間歌わされる。声が出なくなると薬物を注射され廃人状態になりやがては死ぬ』

なにこれ…

まぁよくあることだ。
人気のある店の、あることないことを書き込んでライバル店を潰そうとする一部の悪意ある店員の書き込みだろう。

大して気にも止めずC駅で降り、ホームページの住所を頼りに歩く。

大通りの裏手に看板を見つけた。

『ヴォイス』

ここだ
間違いない

扉を開ける

カウンター席とテーブル席が数席。
正面奥にステージがある。

特に変わった店でもなく、よくある普通の音楽酒場のようだ。

カウンターの奥から経営者らしき女性が顔を出した。

「いらっしゃい」

「こんばんは」

カウンター席に座ると、その物静かなママがおしぼりを出してくれた。

客は誰も来ていない。
里奈の姿もなかった。

もう帰ったのかな?
それとも気が変わって他の店に歌いに行ったか

メニューには『ドリンクフリー』と書いてある。
本当に飲み放題なんだ

せっかくだから少し楽しんでいくか

とりあえずビールを頼んだ。

ステージを見ると他店同様、ギター、ベース、シンセドラム等が置いてある。
中央には立派なグランドピアノ。

「すごいですね。グランドピアノが置いてあるなんて。他のお店じゃ考えられないですよ」

「良かったら弾いてくださいね」

ママは微笑して促した。

いつもは持ち込みのショルキーで弾き語りをしているが、せっかくこんな立派なピアノがあるんだったら

グランドピアノの前に座りキーを押してみる。

いい音がした。

お客は誰もいなかったが、数曲弾き語りしてみた。
なんとも気持ちがいい。
音響も素晴らしかった。

歌い終わるとママが静かに拍手をくれた。

飲み放題とあってビールを何杯か、サワーやカクテルをチャンポンすると、さすがにもよおしてくるものがある。

「トイレお借りします」

グラスを拭いていたママの手が止まり顔を上げた。

「…どうぞ」

トイレの扉を開けて個室に入ろうとした時、見覚えのある物が落ちていることに気が付いた。

花柄のハンカチ

…これって確か里奈の…

里奈、やっぱりここへ来たんだ。
入れ違いだったのね。

ハンカチを拾って個室に入る。
今度会う時に返してあげよう

用を足し終わって身支度を整えると、ふとさっきの掲示板の書き込みを思い出した。

『C町にニューオープンしたフォーク酒場ヴォイス。あそこはヤバい。歌の上手い客はトイレに入ると二重壁になっている隣の部屋に引きずり込まれる。そして海外のある国へ売り飛ばされショーパブ等で24時間歌わされる。声が出なくなると薬物を注射され廃人状態になりやがては死ぬ』

目の前にある壁に手を当ててみる。

特に変わった様子はない。

「まさかね(笑)」

私は個室を出ようとした。

その時

ガタン、と音がして壁が引き戸のように横に開いた。

「…えっ?」

次の瞬間男の手が伸びてきて物凄い力で腕をつかまれた。
手は私を壁の向こう側へ引きずり込もうとしているようだった。

「きゃあっ…!」

もう1本の手が伸びてきて口をふさがれた。
強い力で、引き戸に開けられた壁の隙間に引きずり込まれようとする私。

その時壁の向こう側から男の声がした。

「よせ!そいつはいい!」

その途端私を掴んでいた何者かの手の力が抜けた。
手は慌てて引っ込み引き戸も閉められ、何事もなかったかのように個室内は静まり返った。

私は逃げるようにトイレから出た。

目の前にママが立っていた。

私は震える声で言った。

「…あの…帰ります…」

「300円になります」
無表情のママが代金を受け取る。

私はショルキーとバックを鷲掴みにして店を走り出た。

…あの手はなんだったんだろう

そして壁の向こう側には何が…?

それ以来、里奈とは連絡が取れなくなってしまった。
メールも電話も出ない。
共通の友人に訪ねても行方はわからなかった。

フォーク酒場ヴォイスのことを警察に話してもみたが、取り合ってもらえなかったし、翌日貴弘に付き添ってもらい、もう一度店に行ってみたところ、閉店の紙が貼ってあった。

フォーク酒場裏サイトに新しい書き込みを見つけた。

『女性。ピアノ弾き語り。1名確保。A国へ輸送完了』

里奈が消えて数ヶ月が過ぎた頃、酒場である噂を耳にした。

「ねぇねぇ知ってる?メジャーデビュー寸前だったシンガーの杉本里奈。
A国(東南アジア系の国)のショーパブで歌ってるのを見たって。
社員旅行から帰ってきた人が言ってたよ。
でもね、彼女の目がまるで死んでるようだったって。
…薬でも打たれてるみたいな感じもしたってさ」

「杉本里奈ねぇ…よく覚えてないのよね。
ところでさ、D町に新しいフォーク酒場がオープンしたの知ってる?
そこチャージ料金が300円でドリンク飲み放題なんだって!
今夜行ってみない?」

『D町にニューオープンしたフォーク酒場ヴォイス。あそこはヤバい。歌の上手い客はトイレに入ると二重壁になっている隣の部屋に引きずり込まれる。そして海外のある国へ売り飛ばされショーパブ等で24時間歌わされる。声が出なくなると薬物を注射され廃人状態になりやがては死ぬ』

安い店にはご用心ということか。

そういえばあの時、壁の向こう側に引きずり込まれようとした際、男の声は

「よせ!そいつはいい!」

と叫んでいた。

私は歌が上手くない、ということか…



=田中エミリ音符=