※自己責任でお読みください。
このお話は基本的にフィクションです。
各店で語り継がれている内容とは若干のズレがあるかと思いますが、その辺はご容赦ください。
第2夜【家路へと】
私が巡っているフォーク酒場のひとつ、B町にある店の向かいに以前キャバクラがあった。
そのキャバクラで遊んでからフォーク酒場に来て歌う客も多かった。
だがそのキャバクラが1年前火災に遭い全焼。
従業員、客と、店内にいた全員が死亡したのである。
事故から暫くは向かいにあったこのフォーク酒場も大変だったが、徐々に客足も戻り、今は問題なく営業を続けている。
久し振りに来て見ると、早い時間帯からそこそこ客の入りもあり繁殖しているようだった。
カウンター席に座ると隅の席に既に男性客1人がいる。
「こんばんは」
声をかけると相手も
「こんばんは」
と返した。
「よくいらっしゃるんですか?」
私は挨拶代わりにごくありきたりな会話を始めた。
「以前キャバクラが向かいにあった頃はよく来てたけど、今はたまにだねぇ」
ああ、キャバクラ→フォーク酒場の流れの常連さんか
そんなふうに普通に思っていた。
その男性客がその話をし始める前は。
彼はKさん(仮名)という常連客らしい。
年齢は五十代半ばくらい。
「実は1年前の火災の日、俺もあのキャバクラにいてね」
「えぇ~?!危なかったですね」
「火の勢いが速くて非常口にまで燃え移ってきてね…なんとかトイレに逃げ込んで…でももう火がそこにも襲ってくるのは時間の問題だった。俺は煙で朦朧としながらも妻と娘にメールを打ったんだよ。ほら、その時のメールがまだ残ってる」
携帯を見せてもらうと、Kさんの奥さんと娘さんへの送信済みメールが画面に表れていた。
『今、店内で火災が発生している。俺はもうダメかもしれない。娘のことを頼む。先に死んですまない。帰りたい…もう一度お前たちに会いたかった…』
私はなんとコメントして良いものか迷ったが、
「でも良かったですね。命が助かっ…」
…あれ?
確か店内にいた人は全員死亡したんじゃ…
じゃあここにいるこの人は一体…
私が不可解そうな顔でKさんを見ていると、彼はボソッと言った。
「だって俺、幽霊だもん」
………………
「なーんちゃってね」
Kさんはいたずらっぽく笑った。
なんだよ~
オヤジ特有の「なんちゃってオチ」かよ
私は安堵したと同時に気が抜けた。
「もぉ~脅かさないでくださいよ~」
「はっはっは、すまんすまん。じゃあお詫びついでに1曲歌うかな」
Kさんはステージにあるギターを手に取り弾き始めた。
「ではオリジナルを歌います。『家路へと』という曲です。聴いてください」
暖かくどこか懐かしさを感じるメロディーだった。
彼の奥さんと娘さんへの深い愛情を表現した歌詞が印象的だった。
「どうしたの?ステージ見つめちゃって。歌いたい?」
声をかけられてはっとする。
マスターだった。
「いやぁ~、つい聞きほれちゃって(笑)」
「は?聞きほれ…?エミリちゃん1曲歌ってよ」
「あ、じゃあ今の人の次に」
「え?…今誰も歌ってないけど?」
…………?
マスターが何を言ってるのかわからなかった。
その時初めて気付いたが、Kさんの席のテーブルには飲み物もつまみも出されていない。
店に来てもう1時間にもなるのに。
今弾き語りをしている彼は確かに存在しているのだが。
……他の人には見えていない…?
歌い終わったKさんがゆっくりと席に戻ってきた。
「…あの…」
「何かな?」
「…い…いい曲ですね」
「ありがとう。」
「……」
「今夜は楽しかった。さて、そろそろ帰るとするよ。遅くなるとまたカーちゃんに怒られるからね(笑)」
Kさんは代金も払わず店を出た。
最も何も呑んでいないし食べてもいないわけだから支払う必要もないのだが。
あ、でもミュージックチャージは…?
「エミリちゃん、そろそろ歌おうか」
私は恐る恐るマスターに聞いた。
「あの…マスター、『家路へと』っていう曲知ってる?」
「ああ、それKさんのオリジナルだよ。…あの人去年のキャバクラ火災で亡くなってね…」
=田中エミリ=