【フォーク酒場の都市伝説】浅川レイコ | エミリぶろぐ

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田中エミリ♪の活動情報や
日々の出来事等を掲載しています。

※自己責任でお読みください。
このお話基本的にフィクションです。
各店で語り継がれている内容とは若干のズレがあるかと思いますが、その辺はご容赦ください。


第1夜【浅川レイコ】

私は田中エミリ。
アマチュアのシンガーソングライターで、曲を作ったり酒場やライブハウスで弾き語りをやったりしている。

週に1度の割で都内を中心に様々な店で歌っているのだが、元々欲も向上心もないので、適当に楽しみながら酒を呑みつつ順番が廻ってくれば弾き語る、という感じだ。

フォーク酒場へはいつも1人で訪れるのだが、その夜はバイト先の若い青年達を3人ほど連れて行った。
3人ともフォーク酒場という店に行ったことがないということで、まぁ好奇心というやつだろう。
フォークを知らない世代の若者を連れて行ったりして大丈夫かと不安ではあったが、とりあえず酒でも呑ませて適当にやり過ごしたあと連れて帰ればいいだろうと考えることにした。

とりあえずA町にあるちょっと名の知れた店に連れて行ってみることにした。

店に入るとマスターと、マスターの息子さんが出迎えてくれた。
五十代の、フォークソングに詳しいマスターと、フォークソングよりは今時の音楽が好きな二十代後半の息子さん。

とりあえず案内された席に着き若者らとビールで乾杯する。

マスターは息子さんに留守番を頼み、外へ買い出しに行ってしまった。

しばらくして我々の他にお客さんが訪れた。
ストレートの長い髪の、五十代半ばくらいだろうか、女性の客だった。

「歩いてたら看板が見えたもんだから…つい懐かしくて入っちゃった」
その女性客は嬉しそうに話しかけてきた。

「フォークソングお好きなんですか?」

「ええ、大好きよ。実は私、昔フォーク歌手だったの。浅川レイコっていう名前でレコードも出したのよ」

「ええ?!本当ですか?」

当時それほどメジャーではなかったにしろ名前は耳にしたことがある。
確か1曲だけだったがヒットチャートに上がった曲があったような…

浅川レイコは店内奥のステージスペースに置いてあるギターに興味深々のようだった。

私の連れの若者が意気揚々としてレイコに詰め寄る。
「浅川さん、ぜひ歌聴かせてくださいよ。まさかプロの方にお会いできるなんて…」

マスター早く帰ってくればいいのに。
浅川レイコさんだよ?
往年のフォークのスターがお店に来てくれたんだよ。

買い出しから戻ったマスターの驚いた顔と喜ぶ顔を想像した。

「いいのぉ?!」

マスターの息子がセッティングしながら微笑んだ。
「もちろんですよ。ここはお客様が自由に弾いて歌う店ですから」

レイコは嬉しそうにギターを手に取る。
「懐かしいわぁ。いいギターね」

現在は活動してないのだろうか?
以前のようなコンサートは出来なくてもライブくらいなら年を取っても続けているベテランミュージシャンもいる。
そういえば浅川レイコのここ最近の話は聞いたことがない。

レイコは2曲ほど自身のオリジナルを弾き語りで聴かせてくれた。
もの悲しい失恋の曲と、社会に対する若者の不満と葛藤を歌った歌。
聞き覚えのある曲だった。
歌声もいつか耳にした時の感じと変わらない。
さすがプロだなと思った。

聴いていた若者達も感激して、アンコールでもう1曲歌ってもらった。

浅川レイコは腕時計を見ると
「あら、もうこんな時間!私、そろそろ帰らなきゃ」
と言って立ち上がった。

「もうすぐオヤジも戻るんで、それまでゆっくりしてってくれませんか」
とマスターの息子が引き留めたが、浅川は、もう行かなければならない、今夜は懐かしくて楽しかった、と言い残して店を出て行った。

程なくして買い出しに行っていたマスターが戻ってきた。

「もう少し早く帰ってくれば浅川レイコさんに会えたのに。歌も聞けたのに」
と言ってやった。

「浅川レイコ?」

「すごいオーラあったよね~

マスターは怪訝な表情で言った。

「浅川レイコは5年前に死んでるぞ?

「…え?」

マスターが棚にある「フォーク歌手名鑑」
を出してきた。

ページをめくると浅川レイコのプロフィールと写真が載っていた。

活動全盛期の写真の彼女は若く美しい。
先ほど見た、年を重ねた彼女もそれなりに魅力があった。

「確かにこの人だったよな」

そして
『2005年、膵臓癌の為死去』
と書かれている。

…そんな馬鹿な
だったらさっきの浅川レイコは一体なんだったのだろう…


皆さんの行き着けのお店にも、もしかしたら浅川レイコさんが遊びに行くかもしれませんよ。

そして懐かしそうにギターを弾きながら歌ってくださることでしょう。

あの世から来た浅川レイコが…。