父の87年の人生に幕が降りた

と同時に父と母との60年に及ぶ結婚生活にもピリオドが打たれた
最後の3日間だけが 夫婦らしい穏やかな時間だった
洗い物をしながら 歌を口ずさむ母に
「その歌の歌詞 いいなぁ。 何ていう歌や?」
母が 父の耳元で もう一度歌う
「元気になったら 俺が朝 パンを焼いてコーヒーを入れたるな」
そして 息をひきとる数時間前に
母の顔を引き寄せて 顔じゅうを撫でて
「俺は世界いちの嫁さんを貰った。幸せやなぁ。有難う」
と 言って 母に そっと 口づけしたらしい
もっと早く もっと前から そう言ってあげてたら良かったのに
20年前に大病を患い 生死をさまよったが 回復し昨年まで元気だった。
それが 夜中トイレに行く時 転倒して背中を強打し いっきにガタガタと来た
だんだん歩けなくなり食欲がなくなり 痩せていった
入院を拒否していたが 早く治さなくてはと思い自主的に入院
だが 日に日に衰えて行き
『最後は家で おまえ(母)の手をとって 死にたい。病院で誰にも看取られず朝 看護師さんが見に来た時には 亡くなっていたというのは 嫌だ』
と言い出した
病院の付き添いの時でさえ 手をとったり 支えたりするのを恥ずかしがって嫌がる父の口から そんな言葉が出るなんて驚きだ‼️
入院から約2週間
家に帰りたいという父
帰さないと言う病院とヘルパーさん
だが 本人の意思を尊重して医師に掛け合い 連れて帰って来た
もし病院で 父が寂しい亡くなり方をすれば 父に60年間 寄り添い尽くした母の心に 悔やんでも悔やみきれない後悔の念が残る
60年
父の自営業による不渡り・借金
父の親、姉妹とその子供達の世話
父の癌闘病生活
その全てを ひとりで背負い 内職や飲食店をしながら24時間働き詰めの母の人生
昔 NHKの「おしん」という連ドラがあったが 子供時代から今日に至るまで それ以上の人生ドラマを送って来た母
私がお腹にいる時に あまりの辛さに 夜の踏切に立っていた事もあったそうだ
それが 父の最後の言葉で 全て 帳消しになったという
60年の血の滲む様な苦労も何もかもが 許せたという
夫婦って なんだろう?
芸人の大助花子さんが 以前テレビで 言っていた言葉を思い出した。
離婚しようと思った事もあるけれど 花子さんが癌になり 闘病を支えてくれた大介さんとの生活の中で
「夫婦って 長く一緒にいなければ分からない事がある」
離婚していたら 一生 大介さんの優しさと頼もしさに気づく機会は無かったという事だろう
本当にそうだと思った。
夫婦ってなんだろう?
仲人として 沢山のご縁を繋いで来たが その方々が 楽しい事 辛い事を分かち合い 協力し合い 最期 この人と一緒になって良かったと思える夫婦になって欲しいと思った。