想うこと。
考えること。
書くこと。
描くこと。
それらを自分でまた見つめること。
人間の生活で魂にとって”どうでもよいこと”が1日の半分以上しめている。もっと多いかもしれない。
でも、本当は一人一人の内にある”わたし”と魂が繋がっていれば
世界は変わる。
意味のない事なんてない。
魂と、パートナーになるということ。
この概念自体はつい最近自覚したので、私も日々自分観察のなかで実感とともになんども「そうなのかも」を繰り返す。
そして蓄積していく。
自分の中にあるエネルギーと外(おそらく宇宙)から肉体に流れ込んでくるエネルギー(癒し、浄化)
をしっかりと感じる。
いつ感じるのかというと、瞑想が深い時と朝方夜明け前とか深夜の微睡み、夢と夢の中間状態に意識がある時。
前回ブログにて「救われる」ということについてブログをあげているが、この”浄化”の体験とつながりがあるのは確かな気がする。
浄化。はハートチャクラ、喉にあるチャクラ&耳のチャクラ、第三の目と言われる第6チャクラ、のつながりが強くなり第7、第8のチャクラの活性化の時に伴うのでは??
というのが、私の考えて居るところ。
浄化。は綺麗な世界へ行くためのものではないし。(私はそう思う)
次元上昇・・・は、していると思われるけど、最もそれは”物事の視点”をいくつ持って居るか?という精神的
な領域の話に感じていて。
人間的な視点とか、社会的視点とか、動物、宇宙・・・・あらゆる視点を持つのが人間で。
基準は人間というより、人間がどこまで意識展開しているか?が視点の位置に繋がる。だから意識的領域の話と受け止めている。
浄化は、チャクラの回りというか循環のできる肉体、精神性の高い視点、人間の孤独をうけとめる心。
ざっくりというとこの三つが基本のベースにあるようです。(私の経験で考えたら)
2020年春分の日から、不思議な耳鳴りのような”音の波”がきこえるようになり、チャクラが全体的に活性化し、人間関係、職場の一斉リセット・・・ブログは今年からはじめたけど・・・
まだ二年も経っていないのが本当に
「時間ってこんな遅いの??」
ってなる。
濃縮された事が多くて。でも1日にやる事は大したことではなくて、ただ心持ちシンプルな意識で生活している。
無駄を省いたシンプルではなくて、日常動作の一つ一つの動作と意識にずれが少なくなっていき全ての行いが連動している。
以前よりも「意識、心、体の安定感」を感じる。なので時間はあるけど、一つの停止線みたいなものに感じる。
時間重視のスケジュールにおわれて「早くおわらせて自分のやりたいことやらなきゃ」は少なくなっていき
「これもあれも、やったほうがいいけど・・・・今必要なことだけやろうか。」
にシフトした。
魂達もよく教えてくれる
「今必要なことだけを今やればいいんだよ」と。
だからどの動作も作業も、”今必要なこと”なので集中できる時間が増えたのだろう。
話は戻ります…
浄化は第8チャクラと関係が深いという事、そして浄化は「情報の純粋さ」と人と人で通信できる、いわゆるテレパシー能力につながるナニカではないか?と私はみています。曖昧表現だけど。
例えば…
波長が似て居るとは、よく
「今連絡を私ととりたがって居る」とか
「夢にでて、悩みをかかえてる」が分かり。こちらから相手にさきに問いかけるとだいたい思い悩んでいたりする。
びっくりもされるけど、実は向こうも私を感じていて「おーん。に連絡したいな」と思っていたタイミングだったり。
ツインレイ君も同じような感じですね。
あ、向こうも私のことかんがえとる。って。
そういうとき、「しゅーーーー」っと音の波が寄せてきてハートチャクラがぐるぐるして反応するので。
とっても面白い。
ツインレイ君に出会う前からこういう体験があったので確信できる今があるのかな。
直感もそれと似ている。
昔からピンチ、危険をさける能力は子供の時からある。
だから直感は大事にしているし、自分の直感は何より信じている。
上に書いた”音の波”は最近では他人の感情をキャッチしつつ、発言と本人の自覚意識を読み取れる感覚(読み取れる度合いは相手によって違うけど)が発達してきた。
同じ相手でもその日によって音はちがう。「ぽっぽ」とか「どっどととど…」とか「じーーーぃーーじぃー」と和音のときもあるし。
そうそう、宮沢賢治さんの小説の表現をいつもおもいだします。
人間だけでなく、ありとあらゆるモノから振動をかんじ、私はハートで直に受け止めてるっていう。
とても面白い世界です。
満月には満月の世界の音が。新月には新月の音の世界があるし。
たくさんの世界、音の世界、振動が折り重なっている世界に私はいるんだなーと。
うん。やはり私は宇宙人なのかな(笑)
過去には相手の言葉よりも奥にある感情に敏感に反応して、人が怖くて仕方なかった、人をさけていた、猛烈に回りの世界から自らが断絶して薬ばっかりのんで(あやしい薬じゃないよ。抗うつ系)逃げに逃げていた時もあったけど。
その辛い過去の経験と”音のなみ”はいまようやく繋がりをもって、今の対人のコミニュケーションに役立ている。
そう。言葉 対 言葉 ではなくて
言葉が生まれる源、その人の”今”をキャッチしている純粋な情報・・・感情、に繋がれるようになってきてる。進化している。
それは絵画をみて人がそれぞれ違った感じかたをするのと、とても似ているので。
耳と喉のしたにハートはあります。
この3点。今私はかなり重要視してます。
基本は3。
以前に微睡み状態でのビィジョンで
「3で展開せよ」ということばをみた。
言葉をみたって表現しかできないけど、
ばーーーーんと脳内にダイレクトに情報はいりました。って感じです。…はい。わかってくれた人いたらありがとう。m(_ _)m
宇宙?魂たちの声は純粋な情報で、人間がよくやる、情報を見聞きし、受け止めるときに感情がうごき、理性で処理。なんてことをすっ飛ばして「すこーーーん!」っていうモノで。
こういう表現しかできないけど。そんな感じで。
でも、よく考えたら、こういうものを人間でキャッチできるなら人間同士でも使えるのでは??と。
そう、美術品をみたときに人によって感じ方がちがうとテレパシーも誤情報キャッチじゃないか?ってなりますよね。
確かに、キャッチする人によって変わってきそうだけど、人間の純粋な情報を扱う機関といえばいいのかな?
そういうのも、だれしもがもつエゴを形作る原材料・・・材料の分子っていうかな、原子っていうのかな・・・そういうのってある意味”同一の材料”でできているきがする。
チャクラのセンサーとかもそういうモノじゃないかな?
純粋で普遍的な受信体って言っておこう。
こういうものの中から感情がでて、認識されて、つたえたくて・・・言葉になる
と私は感じている。
つまり、言葉になるまえに相手の純な情報を受け止められる。っていうこと。
相手はそんなの知らないから普通に話しかけてくる。
こういう経験が増えて、私は無駄に相手に相槌や共感を述べることが少なくなってきた。
聴き手。それに集中し、これまで怖かった「人に合わせないと嫌われるかも、否定されるかも」状態から卒業できた。
相手の感情にある不安がなにかで和らぐと”音の波”は音が変わるのでおもしろい。
でも根本的な不安というものは本人でしか解決できないので、きちんと見つめて、聴く。私に出来るとこはそれだけ。
純粋な情報のキャッチはテレパシーみたいなもので、誰しもがもつ受信体でできる。
だから無駄な言葉で自分のエネルギーを枯渇させない。
本当に、言葉って括られちゃうよね。ってそんなことをブログにしている私も矛盾の一部で(笑)
人間の面白さ。
今日は、テレパシーが将来コミニュケーションスキルに入るかもね☆っておはなしでした。
長いな。まとまっているかな?
最後までお付き合い頂きありがとうございます。
m(_ _)m
おーん。