Good day, Stellaです。
 


久々に落ち込みました。

絶賛、Conditional Love、条件付きの愛情の側に向き合っています。
  


普段、悪魔顔で子どもにこれをやっているのは自覚しています。

 


〇〇できたら〇〇買ってあげるわ
〇〇できたら〇〇していいわよ
 


穏やかな声で、まるで優しいお母さんヅラして!完全なるコントロールです。

はい、認めています。


 

毎回ではないけど、自覚してやるから許して、と自分に言い聞かせてみたりしているデビル母です。

 


こういう日常的な側面で観る条件つきの愛情には自覚はありますが・・・最近気づいたのが、パートナーシップにおいても、これ、かなりあるかもしれない、と頭を打ち砕かれました。

 

パートナーシップとの関係がぎくしゃくしたときの、あの、心の中のもやもや、どんよりした重たい空気。

 


私は頭痛と、その『モヤモヤ』に対する耐性が、極度に低い生き物です。

 

頭痛は睡眠や、痛みと向き合ってみたり、鉄分を補給したり、自分をいたわったり、とにかくリラックスしてなんとか薬には頼らずに落ち着かせます。滅多に頭痛にならないので、耐性が低いのかもしれませんが、頭痛に降参する時には、
 

あぁ、いかに普段アタマを使っているから、ポンコツになったときに耐性が無いと感じてしまうんだろうな(頭痛で思考が止まることが許せない自分に向き合わざるを得ないので)、とそんな自分に素直に降伏しています。
 

さて、今回の問題は頭痛ではなく、パートナーシップにおけるモヤモヤが発動してしまった時の耐性の無さについて。

 

怒りから、というよりは、

私の場合は悲しみからモヤモヤが発動します。

 

どうせ私はリストの一番最後
私はそんなに贅沢な望みを言ってるだろうか?

そもそも、私は自分の望みを伝えてみたことがあっただろうか?

私は本当に愛されているのだろうか?
寂しい、さみしい、こっちを向いて!



こんな感情から自らが超絶不機嫌になるのですが、そこで逆切れされたり、逆に私以上にパートナーが深みにはまる!

 


え?これって、仕掛けたの私だったかしら?

私はただ、寂しい気持ちを伝えたかっただけなのに、、、

 

 

そう思うような出発点のすれ違い、食い違いや行き違いがあっても、私はパートナーが不機嫌、怒っている、ふさぎ込んでいる、こんな状況にすぐに耐えられなくなります。そして、不安になります。

 

 

私が変わればいいのかな?

私が謝ればいいのかな?

私が何をしてあげれば、彼のゴキゲンはなおるのだろうか?

 

 

そして、いつの間にか忙しく自分ができることを見つけては動き始めます。

 

 

『モヤモヤ』っとした、どんよりした関係性の中に、あとたったの1秒でも長く身を置けない、置いていたくないんです。

  

 

なぜ?

 

 

とにかく、焦っている自分がいます。

 


私が何か相手によって喜ばしい事をしないと、見捨てられてしまう!私はひとりぼっちになってしまう!寂しい!

 
 

出た、出た、出てきた。寂しい病。

サミシンドローム(爆)

 

 

条件付きの愛情表現しか、できていなかったのかもしれない説。

そもそも、条件付きの愛情しか知らなかったのかもしれない説。

 

 

あぁぁ~なんとも。

自分が思っていた愛情深さって、こんなに鎖がたくさん巻き付いたものだったんだと、少し切ない気分になりました。
(自称:愛の伝道師だったので・・・)

 


この、条件付きの愛情まみれな自分を見てしまった私が、今せっせと実践していることは、そんな自分自身のそのままを

 

 

そっか、寂しかったんだね、

まぁ、一呼吸して落ち着こう

私は側にいるから、どんなわたしでも

  

 

カッコ悪いまま、鼻水垂らしたままの私の

ただ、ただ側にいてみる。

 

 

そして、私が何かをしても、

たとえ私が何もしないとしても、

私に取り扱えるのは、私自身のことのみ

 

 

と、お経のように私自身に刷り込ませること。
 

そして、私の目の前に広がる世界に、

もう少しただ、ただ、信頼を寄せてみること。
 

 

もう、娘にもエサを垂らしてコントロールすることは、やめておいた方がいいな、と反省もしつつ(爆)

 
 

普段からでも、人が喜ぶことをするのが好き!という方ももちろんいるし、私もその部類の性質を持っています。
 

でも、この場合は、やり切って、スッキリして、『はい、おしまい 』でしょ?与えたものに対して、何かを期待したりはしないですよね?
  

それは、単に自分を喜ばせているだけ。
(そして、時にそれは、自分のみが喜んでいる場合もあったりします、爆)
 

 

せっせと、せっせと何かを与え続け、

その見返りを1ミリでも期待している場合は、
 

ねぇねぇ、こんな私の事を見て、愛してよ!

 
 

そんな心の声が潜んでないか、見つめてみる必要がありそうですね。



今回の条件付きの愛から、



何もしないで、ただ自分に心を寄り添わせる

どんな状況や相手の反応にも左右されずに、

目の前の出来事に信頼を寄せてみる



こんな新しいアプローチを取り入れてみました。



ただ、ただ、自分側の想いにのみ寄り添う、それはとても静かで素敵な経験でした。


 

Have a lovely day