こんにちは(*´ω`*)
お疲れ様です。



昨日、息子が習っていた
公文式教室を回顧する記事を、書きました。

その続きになります。

覗いて頂ければ、幸いです。





高校1年生になった息子ですが
公文式教室に通っていた頃は
まだ従順でした。

息子の意志で、習いたいって言ったわけではなかったのに…

親の期待に懸命に応えようとしていた姿…



気が乗らなくて、行けない日も多くありました。

そのたびに、
お休みの電話を入れていました。

そういうことが続く中で
〝無理させてるかな〟
…と、気づき始めた私でした。


もともとは、
〝やればできる子!〟
〝だったら、やらないなんてもったいない!〟
そんなふうに、息子を叱咤激励するような感じでした。


でも、息子が思うようには進まない公文式。

先生からは、たびたび
必要な学力が備わっていないこと…
しかし、微々たる感じだが伸びしろは感じるため、続けた方が良いこと…
を言われました。


休むことが続くと
私も月謝がもったいなくも思えて
『しんどかったら、もう辞めてもいいよ?辞めようか?』
と、幾度となく息子に尋ねました。


でも、息子は
『辞めへん。続ける。今度から行くから。』…と。


結局は、そんな感じでズルズルと数ヶ月が経過して、部活もだんだんと行けなくなり、学校も行き渋るようになり…


最終的には
息子の確認を取らずに、退会の手続きを取りました。


仕方ないのでしょうが…
公文の先生が、少しでも発達凸凹の子どもの学習法を得ていて下さっていたなら…


と言うよりも、私が通わせてしまった責任。

今…

息子が不登校を経験したこと

そこに至るには
息子が発達凸凹としての困りごとや、生きづらさを有り余るほど感じてしまい、疲れ果てた故であること

今…

今なら、わかるんです。

でも、公文式教室に通わせるような頃には
気づけていなかった。

従順で、親の期待に懸命に応えようとしていた息子を思うと、本当に申し訳ない。


普通に、学校の授業だけで良かったやん!

普通に、高望みせんでも良かったやん!

そんなふうに、
息子に申し訳なかった…と
お詫びの形や言葉を考えてみると…


きっと、息子は
親の期待に応えられなかった自分を責めてしまう。
いつも、気遣ってくれる息子。


だから…
『あの時、ごめんね。』とか
『無理させて悪かったと思ってる。』とか

言いたくても言えずにいます。


もっともっと遠い将来

息子がイキイキと
自信満ち溢れる表情を、見せてくれる日が来るのならば…


『あの時、無理させてごめんね。』

…って、言えるかな。

いつか…って、思っています。



読んで下さりありがとうございました♡


もっと書きたいことがあったように思うのですが、公文式についてはこれで終わります。