いやー!

ちょっと旅の直前だったもので今更更新しますけど、

今度はBEST CLIPS!!
 
これは偶然なんでしょうけど笑
 
ところで、「第二弾」って書いてありましたよね。
 
「第二弾」ってことは…?!
 
第三弾、カップリングベストを期待してしまうオタクはこちらです!!
 
見える、、、見えるぞ、、、
買い込むだけ買い込んで
録画するだけして
21年以降の”余生”を
これを見て聴いてのんびり過ごす日々が…笑
#230 ついておいで

 

■ひとつの転換点

それまでの嵐の曲って、恋愛や人生の描写だったり、自分たちがどうありたいかを示す曲だったり…十分バラエティ豊かではあったんだけど、一方で「僕は僕、君は君」という暗黙なスタンスがどこか強く映る印象があります。

一緒に行こうよとか、僕と君が交点を結ぶようなことは積極的に歌ってこなかったんじゃないかと。

 

それが、この時期あたりからなんとなく、「ともに歩んでいく」っていう次のステップに向かって、軽くジャブを打ってるんじゃないかなと思ってて。

 

嵐さんの制作陣、わりとこういうジャブをね…打ちます。私はそう思ってます(笑)ちょっとずつコーラスの数増やしたり。攻め曲はカップリングで様子見たり。しれっと相葉ファルセット入れたり。さとしくんがハモったり。

 

ただこの時期、スウェーデンチームが激増するのに比例してデジタル要素の強い曲が急に増えたのも事実で、私の見える範囲ではついていけないとこぼしていた人もいたんですよね。Happinessみたいにわちゃわちゃした嵐や、still…のような素朴な嵐が好きなんだと。だからまだ手探りだった感じもあり。

(それが後々のジャブ打ちに活かされているのもまた、嵐なんですが)

 

■「ついておいで」と言う覚悟はまだ

「ついておいで」って言いたいけど、まだ飲み込むんですよね。

メンバーも30前後の時期なんで、一般的にはちょうど覚悟を決めるか決めないかという時期でもありますが、まだこの歌詞では、相手の人生を背負うほどの覚悟はできていない。


こういうふうに、現実のその人(歌い手)となんとなく重なるような要素を、実際のライフステージあるあるなども織り混ぜて、うまいこと作品に組み込んでる絶妙なさじ加減。これが本当に好きです私は。私自身が彼らと同世代だから、直接刺さってるのもあるかもしれないけど。

 

ここから、どのタイミングで表立ってそれが言えるようになるのか?それはこの先のレビューに先送りするとして…笑


結構等身大で楽曲が作られているものが多いので、時系列で曲を追うのも結構面白いかなーと。

 

■表現へのディレクション

 

当時の私は

♪なんか急に今 stop the time

のtimeに妙に反応。

英語の発音といい、声色といい、

それよ!!!って思ってた。

それまで言わば「ありのまま」、英語もあまりカッコよくなくて(ごめん)

正直やきもきしてた部分があったんだけど、

目的や意図を持った歌い方に変わってきた感じがこのときの私にはすごく嬉しかった。

歌い方へのディレクションが確実にワンステップ上がったか、

本人の「気付き」が増えていったのか。

それは誰も知る由はないけどね。

 

■ライブ映像の見どころと、この頃の所感

数多くのカップリングのなかでも、ライブ映像として残っているありがたみ!さらには大野さん振り付け!!ラブ

 

歌い出しで全員で奥から出てくるのがさ!!

現場でエライ興奮したわけですよ!!

 

ほんでーステップがぁぁ…いちいちかっこいいのよ…

心の声が駄々漏れるレベルで…

 

ネクタイキュッと締め直して…からの足キュッキュッ!

 

…締め終わったのを足で表現する人どこにいます?


はぁぁ…ネクタイ締めるの手で表現するのは分かりますよえぇ。

それでも十分なのに!!

大野智という人は!!

(バンバン!!)


現場ではなぜにダウンベスト?と思った記憶があるんだけど、

間奏で手をクルクル回してるのは、釣り竿のリールなんだよね。

7回まわして、食ったー!うお座って感じ(笑)

今思えば、あれはライフベストをイメージしたのかと今更。

 

なんだかんだライブ作りに潤くん以外のメンバーが関わり始めたのってこの頃らしく(パンフレットを読む限り)。大野さんはそれまでも振付けはやっていたはずだけど、ちょっとプロセスが違うんだろうな。そゆことにしとこ。


ほんで大野さんは、ゴニョゴニョ言いながらもやるのがこのあたりから定番に(笑)。ローラースケート乗るだけ乗って帰っちゃったっていうのもこの頃のエピソード。

 

(なんか、このあたりからじまごの関係性って少し深くなった気がします。潤くんは、さとしの動かし方を着実に心得ていく(笑))

 

Data #230 ついておいで

収録:シングル「ワイルド アット ハート」通常盤

作詞:Mi-n

作曲:iiiSAK,Anton Lindsjo

編曲:ha-j

ソロパート:なし

サクラップ:なし

サトフェイク:なし

いやぁ…リリースから1ヶ月経って、怒涛の歌番組出演祭りおねがい

 

どんな中身だったかはオカピのブログに勝手に頼るとして…笑(借ります!>私信)


なんでリリースがこの時期だったんだろうって

いまだにちょっと思っていて、

オリコン、Billboardの下半期最初の時期っていうのは商業戦略上の話だし、

あの人たちのことだから

それだけではないんだろうなーと感じてあれこれ考えているんだけど、

怒涛の歌番組出演祭りを終えて思うのは…

 

 

こうやって地上波各局に短期間で出れるチャンスは夏しかなかったんだよなぁって照れ

 

 

嵐にしやがれ(日テレ)→レギュラー放送

VS嵐(フジ)→レギュラー放送

テレ東音楽祭→毎年夏放送

SONGS(NHK)→レギュラー放送

CDTV(TBS)→レギュラー放送

Mステ(テレ朝)→レギュラー放送

THE MUSIC DAY(日テレ)→毎年夏放送(冬はベストアーティスト)

音楽の日(TBS)→毎年夏放送

FNSうたの夏祭り(フジ)→毎年夏放送(冬はFNS歌謡祭)

 

 

とはいえ、言って出られるもんなのかは知らないけど…笑

 

花吹雪ドッシャーーーーー!!!だったり、

下剋上コントにお付き合い頂いたり、

各局の「色」を見て回れた感じもしました。

 

 

いやーいろいろ私の感動ポイントはあるのだけれど

やっぱり総じて言えるのは「ライブ感」だなぁと思います。

 

わたしの思う「ライブ感」「いま、そこ」で

その人が歌い踊り空気を作っていることが

視聴者やオーディエンスに伝わり、高揚感を与えること。

 

これを生歌だけに求める方がたまにいらっしゃいますが、

わたしはそういう考えではないので先に言っておきます。

 

生歌にすれば視聴者やオーディエンスに100%誠実か、

というとわたしは違うと思うんですね。

とくに総合芸術においては。

生歌であれば何でも伝わるわけではないというのは

アカペラの世界で嫌というほど経験したし、

一方で、生歌じゃないと伝わらない何かだってあることも

たくさん実感したので、特に総合芸術である以上、

そんな単純に言えるわけねーやーい!!!!!

っていうのが本音です。

(複雑な側面があるものを単純に評価しようとするから面倒なことになるのよ!)

 

わたしは、

生歌だろうが被せだろうが口パクだろうが、

アーティストやスタッフが

「いま、ここ」のパフォーマンスとして

「魅せたい」

「伝えたい」

「伝わるであろう」

最大公約数がその判断なんだろうと、

信じています。

 

 

仮にそれが”今できないこと”のカバーなのだとしても、

その先近づける努力をするかどうかもまた誠意じゃない?

 

嵐のパフォーマンスは、

前回妥協した、

せざるを得なかったであろう部分を

少しずつできるようにしていっている側面があって、

わたしはその時点で

ものすごく誠意があると思うんですよね。

 

嵐がここまでやってもまだ、いろいろとモヤモヤしている方は

局のスタッフが怠慢だと決めつけていないか?

嵐の誰かがやる気がないからだと決めつけていないか?

自分はいったいなぜそこにこだわるのか?

なぜそういう気持ちになるのか?

を、深く見つめてみたら良いと思います。

(しないと思いますけど)

 

他の人の攻撃的ななにかを見てしまったときには、

「その決めつけから自分を解放してあげたら素敵よ」

と心のなかで呟くだけで

洗い流されるものがあると思います。

 

とにかく、

生歌論争はとっくに「うんざり」です。

アイドル・アーティストの表現の一点にこだわるあまり、

アーティストが大事にしている他の多くのことを無視しがち、という点でも。


 

え?何があったんだって…?

 



なんにもないから今のうち書くんだよっ!爆  笑

 

 

 

 

 


 

さて、そのうえで。

 

今回の祭りは、いつも以上に生身で臨んだわけですな、嵐は。

 

 

A・RA・SHI聞いた瞬間の私…

 
 

いやもうね…興奮してますよね。

生歌だから?

いやもうそんなのとっくに昔の話。


嵐がテレビでアカペラをやることにですよ!

(筆者は大学でアカペラ漬けの日々を送っていた経緯があります)
 

生歌かどうかじゃないんですよ。

嵐が

テレビで

アカペラを

やったことに

意味あるの!!(圧)
 

いやなにも、

今回が初めてではないはずなんだけど。

現場で聞いてるはずなんだけど。

 

テレビとなるとワケが違う…

ドームだったら音の反響が強いので、

何となくでも良く聴こえる。


その点、テレビはシビアですよ。

それが収録であっても。

 

彼らの「いまここ」の心意気や

それぞれの絆で繋がっている結束感が

アカペラという方法を選ぶことで、形になって、伝わってる。

 

これですよ…これ…

アカペラのいいところ
全部出ちゃってる…!!

 


誰に指図されるわけでもなく、

自分たちで決めてそうしていることもそう。

 

今まで散々勝手なこと言われてきてさ。

大して反論することもなく、

さぁ20周年ですよ、

残念だけど活動休止しますよ、

でも2年は我々の誠意です、

やいのやいの言われると思いますけど

僕たちの言葉を信じて、

っていうあのときの先回りメッセージの真実性が、

色んなお仕事や立ち居振る舞いを見る中で

どんどん裏打ちされていく不思議な感覚、、、

こんなの後にも先にもあるかいな。

 

彼らの「信念」とか「覚悟」を伝えるための”手段”として、

この歌番組祭りはやっぱりものすごいインパクトだったし、

ファンにとっては嬉しくもあり、寂しくもあるという…

そういう生々しさもあるから。

 

でもそれをやれるのは

今までも自分たちで考え

一部の強烈な”大衆代表”におもねることなく

いま、なぜそれをやるのか、ということも含めた

自分たちの表現を続けてきたからだと思う。

 

一朝一夕でこれはできないよ。

 

 

 

いや、、、

 

 

なんていう自己表現力なの!!!!!

 

ってなりません?!(圧)

 

 

 

 

 

 

 

くっそ…

どこまで…


どこまで

惚れさせれば

気が済むんだ!

 

えぇ?!







ありがとう!!

みんな、

最高だったよ!