さて、丸10年と1日目。
私には嵐の10年のことなんてとても書けないので、ワタシゴトを書きます。
お時間あれば、お付き合いいただけると嬉しいです。
私が「嵐」のファンになった日は、2009年5月28日。
だから今日で丸3ヶ月と19日目。こうやって書くと、笑えるくらい短い。
でももう何年もファンをやってる気がしてるのは、このたった3ヶ月半がとっても充実しているからだと思います。
これが10年だったら…もう、お母さんみたいな気持ちになっちゃうでしょうね。
とはいっても、それまで良くも悪くも嵐に全く触れなかったわけではなくて。
”嵐”なんてグループ名、随分大きく出たな…と思った10年前。
芸能人で大学入ったって大して勉強もしないで卒業してくんでしょ、と腹黒く思った9年前。
Mステで『時代』を聴いて、「お、かっこいいな」と思った8年前。
金田一は堂本剛だろう、と見ようとしなかった、8年前。
『花より男子』でハマり役だな、と思った4年前。
『NEWS ZERO』で、単なる番組のお飾りじゃないことに気がついた、2年前。
『魔王』で存在を知ったも等しい(むしろ斗真くんの方が知っていた)、今や愛しのあの方に度肝を抜かれた、1年前。
一番最近の『魔王』の時でもね、リーダーの演技に感心はしていたけれども「嵐」のファンになったわけではなかったのです。
私の中で、ジャニーズは小学生で終わってたから…。
だけどニノの『虹』をDVDでたまたま見せてもらって、
リーダーの『Take me faraway』も見せてもらって…。
嵐っていろんな意味でおもしろいぞ、と気づいたのが2009年5月28日なのです。
それから思考回路が変わり始めて。
いままで決めかねていたことすべて、やろうと決められるようになって。
プライベートなことなのですけど、来年の2月に地元へ帰る決意をしたのです。
これは私にとって本当に勇気のいることで。
人生の1/4、しかも「大人」と呼ばれる時期を東京で過ごしてきたから、友人関係もかなり深くなってます。
それでも、帰る理由が私の心にはあって。だけど、いざ決めようと思うと寂しくて。
遠回りなんじゃないかって、踏み込めなくて。気づいたら2年も経ってました。
嵐に出会ってからの私は、ネガティブのネの字もなくなるくらい、元気になりました。
やりたい、と思うことはすぐやるようになったから、フットワークもすごく軽くなった。
周りに対しては普段から明るく振舞うように心がけていたので、
知り合い程度の人には「大して変わらない」と言われるのだけど、
自分だけが知る感覚で、落ち込み続ける日々が減って、
代わりに笑顔の日が増えていくのが手に取るように分かった。
そして「嵐」っていう存在は、たった1ヶ月で”目標”になりました。
私が地元に帰る決断をしたのは、自分の得たことを田舎に還元する、という夢のため。
「嵐」を知って、その「仲間作り」のイメージが初めて湧いたんです。
それまで人に頼れない私は、ひとりでどうにかすることしか選択肢を持っていなくて、自分の無力さに勝手に絶望してたという、今考えると視野が狭くてどーしよーもない感じでした。
だけど「嵐」っていうすごく心地が良くてベストな関係を自分に置き換えてみると、
これでもかってくらいやりたいことが浮かんできたんです。そしてそんな仲間がいたら心強いなって、思えたんです。
「嵐」のような仲間作りができたら。その輪が広がっていったら。世の中もっと楽しくなる。
私はそう信じてます。
この3ヶ月の間で、私にとって「嵐」は単なるアイドルグループじゃなくなっていました。
私が迷った時の、気持ちが揺らいだ時の、1つの”基準”としても、欠かせないものになりました。
あの決断ができたおかげで、残された日々を悔いなく過ごそうと決めて、いろんな人に会って、いろんなものを見て、いろんなことを話して、ありのままに生きて、心に余裕が生まれました。
とても3ヶ月とは思えないほどの日々を過ごしています。
嵐に出会えて、本当に幸せです。
これからも、お世話になります。m(__)m
今日は私のことばかり、すみません。。。
訪問して&読んで頂いてありがとうございました!
駄文を連ねていますが、また遊びに来てください☆
私には嵐の10年のことなんてとても書けないので、ワタシゴトを書きます。
お時間あれば、お付き合いいただけると嬉しいです。
私が「嵐」のファンになった日は、2009年5月28日。
だから今日で丸3ヶ月と19日目。こうやって書くと、笑えるくらい短い。
でももう何年もファンをやってる気がしてるのは、このたった3ヶ月半がとっても充実しているからだと思います。
これが10年だったら…もう、お母さんみたいな気持ちになっちゃうでしょうね。
とはいっても、それまで良くも悪くも嵐に全く触れなかったわけではなくて。
”嵐”なんてグループ名、随分大きく出たな…と思った10年前。
芸能人で大学入ったって大して勉強もしないで卒業してくんでしょ、と腹黒く思った9年前。
Mステで『時代』を聴いて、「お、かっこいいな」と思った8年前。
金田一は堂本剛だろう、と見ようとしなかった、8年前。
『花より男子』でハマり役だな、と思った4年前。
『NEWS ZERO』で、単なる番組のお飾りじゃないことに気がついた、2年前。
『魔王』で存在を知ったも等しい(むしろ斗真くんの方が知っていた)、今や愛しのあの方に度肝を抜かれた、1年前。
一番最近の『魔王』の時でもね、リーダーの演技に感心はしていたけれども「嵐」のファンになったわけではなかったのです。
私の中で、ジャニーズは小学生で終わってたから…。
だけどニノの『虹』をDVDでたまたま見せてもらって、
リーダーの『Take me faraway』も見せてもらって…。
嵐っていろんな意味でおもしろいぞ、と気づいたのが2009年5月28日なのです。
それから思考回路が変わり始めて。
いままで決めかねていたことすべて、やろうと決められるようになって。
プライベートなことなのですけど、来年の2月に地元へ帰る決意をしたのです。
これは私にとって本当に勇気のいることで。
人生の1/4、しかも「大人」と呼ばれる時期を東京で過ごしてきたから、友人関係もかなり深くなってます。
それでも、帰る理由が私の心にはあって。だけど、いざ決めようと思うと寂しくて。
遠回りなんじゃないかって、踏み込めなくて。気づいたら2年も経ってました。
嵐に出会ってからの私は、ネガティブのネの字もなくなるくらい、元気になりました。
やりたい、と思うことはすぐやるようになったから、フットワークもすごく軽くなった。
周りに対しては普段から明るく振舞うように心がけていたので、
知り合い程度の人には「大して変わらない」と言われるのだけど、
自分だけが知る感覚で、落ち込み続ける日々が減って、
代わりに笑顔の日が増えていくのが手に取るように分かった。
そして「嵐」っていう存在は、たった1ヶ月で”目標”になりました。
私が地元に帰る決断をしたのは、自分の得たことを田舎に還元する、という夢のため。
「嵐」を知って、その「仲間作り」のイメージが初めて湧いたんです。
それまで人に頼れない私は、ひとりでどうにかすることしか選択肢を持っていなくて、自分の無力さに勝手に絶望してたという、今考えると視野が狭くてどーしよーもない感じでした。
だけど「嵐」っていうすごく心地が良くてベストな関係を自分に置き換えてみると、
これでもかってくらいやりたいことが浮かんできたんです。そしてそんな仲間がいたら心強いなって、思えたんです。
「嵐」のような仲間作りができたら。その輪が広がっていったら。世の中もっと楽しくなる。
私はそう信じてます。
この3ヶ月の間で、私にとって「嵐」は単なるアイドルグループじゃなくなっていました。
私が迷った時の、気持ちが揺らいだ時の、1つの”基準”としても、欠かせないものになりました。
あの決断ができたおかげで、残された日々を悔いなく過ごそうと決めて、いろんな人に会って、いろんなものを見て、いろんなことを話して、ありのままに生きて、心に余裕が生まれました。
とても3ヶ月とは思えないほどの日々を過ごしています。
嵐に出会えて、本当に幸せです。
これからも、お世話になります。m(__)m
今日は私のことばかり、すみません。。。
訪問して&読んで頂いてありがとうございました!
駄文を連ねていますが、また遊びに来てください☆