お鶴が出て行ってからどれほどたったろう。
はた織りの上に落ちていた羽を手に乗せると重
さをまったく感じさせなかった。
(全てが夢だったのかもしれない)、とおじさ
んは思い始めていた。ふっと吹けば羽は天井ま
で舞い、時間をかけて手の平へ降りて来た。
(いや夢なんてことはない。あいつは今頃北の
島で別の男に抱かれてるのでは?)、そう思う
と居、おじさんは北の島
へと旅立った。
 
険しい山を越え小舟で海峡を渡り、北の島に着
いた。港の市をうろついていると笛の音が聞こ
えた。人だかりを分けて入ると蛇使いが蛇を踊
らせていた。先へ進むと一角に布商人がおり、
お鶴の織ったに違いない布を見つけた。独特の
光沢と真白なお鶴の肌のような美しさ。触れた
いのを抑えひとまず立ち去った。
おじさんは日が落ちるのを待って布商人に声を
かけ、そのあと町で酒をおごりお鶴の居場所を
聞き出した。
 
布商人がふらふらと立ち上がり店を出て行くと
おじさんを呼ぶ声があった。どうやらイスの下
から聞こえてくる。
「久しぶりです、だんな」
声の出所には背中合わせの客の持ち物と思われ
る籠が一つ置いてあるだけだった。
(あれ? 昼間の蛇使いじゃないか。ってこと
は、俺に話しかけているのは籠の中の蛇か?)
おじさんの思考を読んだかように、こう返って
きた。
「あっしです。覚えててくんなすって。やっぱ
りだんなはあっしのことを助けに、わざわざ海
を越えて来てくんなすった」
この下町言葉には聞き覚えがあった。
「このニセ蛇使いの野郎、あっしのことをだん
なみたいに罠からほどいてくれるのかと思って
おとなしくしてたら、捕らえやがって」
(お前、あの時のマムシか!)