◾️2月初旬◾️
まだとある投稿記事のコメント欄を使った茶番は
続いていました。
※というより最近まで、度々場所(投稿記事)を
変え、コメント欄の茶番は数ヶ月続いていました。
日々、『前カノ』に対する誹謗中傷は止りませんでした。
わたしは…と言えば、
見なければ良いのに気になって
つい見てしまっていました。
気になって…というのは、
個人情報が記載されるのではないかという不安が
殆どでしたが
他に
わたしのことを侮辱したりしないで
少しでも美しい思い出のように語ってくれないか…
そんな淡い期待もあったのでした。
ですが、その淡い期待はいつも必ず壊されました。
そのコメント欄の中で繰り広げられる寸劇の
一例を少し書いてみます。
(原文のままではないです)
ある時、ガールズのひとり、
少し天然な無邪気キャラA子さんに
『前カノのこと、Facebookで探し当てて
名前が分かったわ』とコメントをさせ
あたかもFacebookで何か仕掛けるか、もしくは
このコメントの流れで本名をA子に書かせる
流れなのか?…と、脅しとも取れることを
書かれました。
そして、
わたしが1度禁を破ってしまいワン切りしたこと
があったのですが、やはり「わたしから」と
思ったらしくそのことについて
↓こんな感じの会話が…(内容軽めのヤツを…)
主(彼)「前カノが、傷ついてる俺にワン切りを
してきて嫌がらせをしてきたんだよ…」
A子「まぁ酷い!傷ついてると知りながらワン切り
なんて根性曲がってるわ。さすが冷酷な女ね」
B子「まぁまぁ、何か言いたいことがあったかも
しれないですよ。」
…しばらく後になって…(間を置く芸の細かさ)
B子「先ほどの件詳しく聞きましたが(だれから?)
前カノは主を傷つけるためわざとワン切りしたと
思います。可哀想な主…そんな性悪で卑劣な
女の事は早く忘れて
わたしと人生やり直しましょう…」
とかヘンテコな会話が繰り広げられるという…
イメージ…伝わりにくいのですが
そもそも、第三者からすると、わたしの思い込み
とも捉えられかねない摩訶不思議な展開ですし…
コメント欄を使って、前カノ(わたし)を
悪者に仕立てあげ、皆(実際はひとりだけど)で
わいのわいの前カノの悪口を言って盛り上がる寸劇
が繰り広げられていたのでした。
いちおう登場人物はキャラ分けされていて…
★意味分からないと思いますが…★
A子…
根拠もなく一途に彼を好いてる無邪気キャラ
コメント欄の中で、彼からモラハラされてもまるで
めげないアニメにいそうな天然キャラ
B子…
アメリカ在住の設定だけど、何故か登場時間
は日本時間。少し大人の女性キャラ
主(彼)の憧れだったひとの設定
相思相愛のはずなのに渋る主…何故なの?
C子…
彼の行きつけ飲み屋の飲み友で姉御肌キャラ
彼の婚姻時代から、彼の悩み事をリアルで
聞いていた異性の親友という設定…笑
D子…
パワースポット研究家の不思議ちゃんキゃラドラマ
とかでのナレーション的にコメント欄での寸劇が
意味不明になると何故か説明してくれる…
A子を主とくっつけようと主を脅す
G男…
珍しい男性キャラ
突如現れた同じ大学のサークル仲間20年振りに
偶然、彼のブログをみて、彼と確信しメッセージを
送ってきたという…
(コメント欄で彼がそう説明していました)
※コメント欄の詳細は漫画みたいで面白いのですが、説明が
難しいので、気分が載ったら書くかもですが多分割愛します…。
※繰り返します※
全て架空の人物、全て彼の一人芝居です。
彼は嘘をつくのが平気なひとだったのと、若いとき
漫画家になりたかったとも言っていたので
頭の中で物語を作るのが好きだったのではないか
と思います。
そして、何が言いたかったのかというと。
何かで読んだモラハラの人の特徴として、
「ターゲットを孤立させるべく、皆へ悪口を広める」
とあったのですが、
彼の場合は友達もいないしそれはないなぁ…
と思っていたのですが、
コレなのです。
実際はひとりなのですが、他人にわたしの悪口を
吹き込んで皆で後ろ指を指すような形になって
いました。
それも同性からわたしを「女性として最低である」
という悪口を言わせてました。
落ち着いてよく考えてみれば、
リアルに、もし仲良くしている友達間であっても
その友人の元恋人の悪口を、友人本人が愚痴を言う
のを慰めるのはままありますが、
まさかブログのコメント欄を使って、みんなで
連日のように言い合うことなんてしません。
皆よい大人である設定で、あり得ませんし、
そんな悪ノリする女性たちに好かれたいですか?
友人としてでも仲良くしたいですか?
そんな汚いコメント欄、放置ですか?
みんな暇すぎませんか?仕事しなさい!!
…という話なのです。
うまくいえないのですが
分かる人が見ると赤面してしまうような事を
恥ずかしげもなくやっていまう鈍さ、滑稽さ
コミュ力の無さ
リアルに人間関係を築くことが出来なかった故
他人の行動を想像できず、あり得ないことに
気づかない…それが、可哀想でもあり、
憐みを感じてしまうところなのでした。