2017年2月9日 27Y11M📝

仕事を早退して、ベッドの中でひとしきり泣く。
その日の夜のことでした。

夫の帰宅は21時過ぎ……まだ時間がある。

このときは希望的な観測が持てず、次の子宮内膜全面掻爬術からの組織診で、癌細胞が出てくる、そして投薬や機械的搔爬を繰り返す治療へ繋がる確率の方が大きいと思っていて。
だって、「単純」増殖じゃなくて「複雑」で、「密な」増殖なんだ。

不妊治療どころか子宮がなくなったらどうしよう……とか。
あんなに子供欲しかったのになぁ……とか。
友達にも昔から堂々と宣言するくらい欲しかったのになぁ……とか。
なんとなく自分は妊娠しづらい気がしたから、20代のうちにってちゃんと計画立ててきたのになぁ……。
私だけじゃない。旦那だって赤ちゃん抱っこしたかっただろうに……申し訳ない。
っていうか、再来週にウェディング迫ってるよなぁ……。今さらキャンセルはできない。っていうか籍はもう入れてしまっている。

色々思い出してはとりあえず泣く。
思いっきり泣けばそのうち泣きつかれると思ったけど、涙は出続けました。



夫、帰宅。



うちは夫婦でも個室を持っているのですが、私が自室で寝ていると思ったのか、夫はそそくさとシャワーを済ませて自分の部屋に入ってしまいました。
それからしばらくして、涙がおさまった気がしたので夫の部屋に突撃しました。



そして検索結果のこと、現在判明している複雑型子宮内膜異型増殖症がどういう病態なのかを一通り話す。
最後にはごめんね、ごめんねしか出てこない私。
やっぱり号泣。

こういうときに人間性って出るものですね。私が不安に駆られておろおろぶちまけるのは長い付き合いの中でこのときが初めてだったのですが(キレて怒りをぶつけることは付き合っている時にも数回あった)、夫は前癌病変というワードにも冷静で、ただ「大丈夫だよ」と言ってくれていました。
とにかく大丈夫だよ、と受け止めてくれていた。他にはなんて言ってたかな。忘れちゃいました。でも一つだけよく覚えていることがある。



「今マイナスに感じられる出来事でも、長い人生で考えたらどうなるかわからない。もしかしたら、そうなって良かったと先の人生では思っているかもしれない」



……この言葉、言われたのはこのときが初めてでしたが、夫婦生活の中で大事なときに、また聞くことがありました。きっと夫の人生で培ってきた信条なんだろうな。
でも、確かに今思い返せばそうです。きっとあの宣告が、辛い日々があったから、妊娠するのは奇跡だって実感できるし、私も夫も今の家族をこうも大切に思えている、そして家族としての形もしっかりできたのかなぁって思います。
……結果論でしかないんですけどね。あんな辛い出来事がなくても、うまくいっている家族だったかもしれない。


そうして夫に報告を終えた私たちには、次なる子宮内膜全面搔爬(確定診断を出すための組織診)、そして月末のウェディング+ハネムーンへ向かうのでした。


つづく