ふわふわな日常のえみくです☆
私の大好きな曲です。
◆キリンジ/Drifter◆ 作詞・作曲:堀込 高樹
-歌詞-
交わしたはずのない約束に縛られ
破り棄てようとすれば後ろめたくなるのは何故だ
手巻きの腕時計で永遠は計れない
虚しさを感じても手放せない理由がこの胸にある
たとえ鬱が夜更けに目覚めて
獣のように襲いかかろうとも
祈りをカラスが引き裂いて
流れ弾の雨が降り注ごうとも
この街の空の下
あなたがいるかぎり僕は逃げない
人形の家には人間は棲めない
流氷のような街で追いかけてたのは逃げ水
いろんな人がいて いろんなことを言うよ
「お金がすべてだぜ」と言い切れたならきっと迷いも失せる
みんな愛の歌に背つかれて
与えるより多く奪ってしまうのだ
乾いた風が吹き荒れて
田園の風景を砂漠にしたなら
照りつける空の下
あなたはこの僕の傍にいるだろうか?
たとえ鬱が夜更けに目覚めて
獣のように襲いかかろうとも
祈りをカラスが引き裂いて
流れ弾の雨が降り注ごうとも
この街の空の下 あなたがいるかぎり
僕はきっとシラフな奴でいたいのだ
子供の泣く声が踊り場に響く夜
冷蔵庫のドアを開いて
ボトルの水飲んで 誓いをたてるよ
欲望が渦を巻く海原さえ
ムーン・リヴァーを渡るようなステップで
踏み越えて行こう あなたと
この僕の傍にいるだろう?
-
「交わしたはずのない約束に縛られ
破り棄てようとすれば後ろめたくなるのは何故だ」
とか
「みんな愛の歌に背つかれて
与えるより多く奪ってしまうのだ」
という部分は、まるで私自身のことを言われているようでドキっとしてしまいます。
「人形の家*には人間は棲めない
流氷のような街で追いかけてたのは逃げ水」
“人形の家”というのは、イプセンの戯曲『人形の家』からとっているんだと思うのですが、
*『人形の家』:
弁護士の妻・ノラは、夫であるヘルメルから人形のように可愛がられ、世間からは苦労知らずのお嬢様だと思われていた。
ノラは、3人の子供達のことも人形のように可愛がり、そうやって遊ばせて(遊ばれて)いる生活が結婚だと思っていた。
しかしある出来事がきっかけで、自分は夫から一人の人間としてではなく、人形妻としか思われていなかったということに気付いてしまい、絶望を感じてしまう。
そして、
「世間の言うことや本に書いてあることではもう満足していられません。
自分一人でよく考えてみて、物事をはっきりわきまえたいと思っています。」
と言って夫も子供達も棄てて、人間になるべく家を出る。
というお話。
この『Drifter』の歌詞では、“人形の家には人間は棲めない”と、普通人に対しては使われない『棲む』という漢字をあえて使っているので、きっと、人間にはまだなりきれていない人形である自分の状態を表してしているのかな、と思います。
そして、“流氷のような街で追いかけてたのは逃げ水”という部分は、冬の流氷のように冷たく漂っている街(心?)で真夏の逃げ水を追いかけているという、真逆の季節のものに焦がれたり、その真夏の、決して届くことのない逃げ水を追いかけるというところが、ダブルで虚しさを感じさせます。
この曲では、自分の抱えている不安と決意が交互に綴られているのですが、
最後に
「欲望が渦を巻く海原さえ
ムーン・リヴァー*を渡るようなステップで
踏み越えて行こう あなたと
この僕の傍にいるだろう?」
と、自分だけではなく“一緒に”乗り越えようという決意(希望)に変わります。
*『ムーン・リヴァー』は、映画『ティファニーで朝食を』でオードリー・ヘップバーンがギターを弾きながら歌った主題歌です。
“ムーン・リヴァー”とは、作詞をしたジョーニー・マーサーの故郷にあるバックリヴァーという川のことで、この川が通称ムーンリヴァーというのだそうです。
歌詞の内容が昔を懐かしんでいるような部分もあるので、J・マーサーが作詞をした際に、故郷の川を思い出してムーン・リヴァーという曲名にしたのかもしれません。
この曲中に、“rainbow's end ”という歌詞が出てきて、これは直訳すると虹の端っこという意味なのですが、古いことわざに“虹の端っこには宝物が隠されている”というものがあるのだそうです。
“虹の端を目指して、虹の下で会いましょう”という歌詞には、
“宝物があるところ(目標)に向かって頑張ろう。そこ(目標)へ辿りつける時、きっとまた会おう”という思いが込められているのかなと思います。
この『ムーン・リヴァー』という曲では、“私達”のことを“two drifters(漂流者達)”という言葉で表現しています。
キリンジの『Drifter』には、今は漂っているけれども、乗り越えてみせるからその時には好きな人にそばにいて欲しい、という思いが込められていて(私なりの解釈で)、切なくも前向きな気持ちで終えている、とても良い詩だなぁと思います。
しかも、“ムーン・リヴァーを渡るようなステップで”という表現が、どんなステップかははっきりとは分かりませんが、辛くて苦しいと思うよりも、軽やかに越えていこう!というメッセージのような感じがして、困難にぶち当たっても重く考え過ぎずに前へ進んで行けそうな気がしてきます。
高樹さんの作詞は比喩を用いていたり、難解だったりするものも多いのですが、込められたメッセージが(自分なりに)分かってくると、「よくこんな詩が思いつくなぁ」と思い尊敬してしまいます☆
※参考
◆Moon River◆ 作詞:ジョーニー・マーサー 作曲:ヘンリー・マンシーニ
-歌詞-
“ムーン・リヴァー”、1マイル以上もある大きくて広い川
私はいつか、胸ををはってあなたを渡ってみせるわ
夢をくれ、痛みを残していった
そんなあなたにどこまでもついて行く
二人が漂う世界には、こんなにも素敵なものがあるの
きっと同じ“虹の端”を目指しているんだわ
この虹の下で会いましょう
私の愛しい友達(my huckleberry friend)
ムーン・リヴァーと私は・・・
それでは、また。
よろしかったらペタを押していただけると嬉しいです☆ えみく

」