読み始めてまもなく感じたのは、「こりゃ、少女漫画だわ」ということでした。この人がもし、小説を書く才能ではなく漫画を描く才能の持ち主だったら、これは『ガラスの仮面』とか『エースをねらえ!』みたいな全15巻くらいの超大作漫画として大人気を博していたに違いない。そんな気がします。
著者略歴を見ると、私とは一つ違いの1964年生まれ。ねー、やっぱりそうでしょー? 同じ漫画をたくさん読んで育ったんだろうなぁ、と深く納得です。
最近の漫画のことはあまり知りませんが、私が小学生から中学生にかけて流行っていた漫画のレベルの高さと言ったら、先に挙げた2つのほかにも『ベルサイユの薔薇』だの『ポーの一族』だの、内容の濃さから言ってもボリュームからいっても、「子どもの娯楽」の範疇にはとてもじゃないけど収まり切らないものがたくさんありました。
『蜜蜂と遠雷』はだから、2段組の500ページ超えという長編ながら、それはもうスルスルと、それこそ漫画を読むように読み進めてしまいます。この作品が大ベストセラーになった要因の一つはそこにあるのかな、とも思ったり。
そのうえ、音楽への深い造詣をわかりやすい言葉で読者と分かち合ってくれているので面白く読みながらトリビアも増えるし、クラシックへの興味もわいてきます。
そしてこの作品に込められたメッセージにも、私は深く共感しました。「作曲家も演奏家も、神が創造しそこらじゅうに散りばめた音楽を聞き取って譜面にしている預言者<預かった言葉を語る者>である」(126ページ参照)。
312ページでは、主人公群の一人、風間塵が「巻貝見つけた。フィボナッチ数列だね」と言っていますが、フィボナッチ数列とは、最初に1を2つ並べ、その後、隣り合う数字を足した数を横に並べていく数列のことです。そして、不思議なことに自然界にはヒマワリの種のらせんや多くの種類の花の花弁の数や、パイナップルの皮の突起物のらせんなど、このフィボナッチ数を含むものが随所にみられるのだそうです。
この自然界には、神様が隠したたくさんの数字があり、法則があり、音がある。その音を見つけ出し、譜面に書き留め、それを再現するのが作曲家であり演奏者だ、と著者は語っています。
477ページでは、主人公群の別の一人マサル・カルロス・レヴィ・アナトールが「音楽。それはたぶん、人間を他の生物とは異なる、霊的な存在に進化させるために人間と一緒に生まれ落ちてきて、一緒に進化してきたのだ。自分の言う『霊的』というのが、いわゆるキリスト教などで使われる意味とは異なることは分かっていた」と考えているシーンが出てきますが、いやー、これは結構そのままキリスト教的な意味での「霊的な存在」を描いているんじゃないかな、と私は思いました。
聖書には「神は人をご自身のかたちとして創造された」と書かれていますが、これはもちろん姿形のことを言っているのではなく、人は、神が隠した数字や法則や音の美しさにおののき、それを喜び楽しむことができる存在として創られたということだと思うからです。
それにしても、この作品、映画化は難しいだろうなー、と思いました。ステージの上に果てしない草原やら宇宙やら、果てはブラックホールまで呼び出してしまう主人公たちの演奏を、再現してみろと言われて受けて立つ勇気のあるピアニストは、そうそういないのではないかと思うから^^
あー、蛇足かもしれませんが、これは『羊と鋼の森』とセットで読んでも面白い作品ですね。