去年2025はアホみたいに忙しくて、観るヒマなかった大河ドラマを(の、録画を)先日観ました。
これって史実なん?
秀吉の闇をどう描けるん?とか、
少し離れた気持ちで観てた。
戦国時代は結構好き。
大河ドラマをずっとみてた父には敵わず、大河ドラマ2年生くらいのレベルの私。
だけど時代の厳しさや登場人物の背景など、年々身に染みて理解できてくる。
年を取るってこういうことかも知れないと思う。
点と点がつながるように腑に落ちてくる。
第1回の終盤に秀吉が間者を斬る。
無表情で。
それを目の当たりにした秀長が言いようのない恐怖を感じる場面があった。
その間者は秀吉の世話をしたり情のある存在だったが、なんの躊躇もなく斬り捨てた。
その後も自分の心を完璧に隠して信長に仕える場面を目の当たりにする。
二面性という言葉だけでは表現できないものを、得体の知れないものを感じて戦慄する弟。
それは人を斬ることをなんとも思ってない、無表情の秀吉だった。
まさに「無」という。
心の痛みを知らないかもしくは完全に封印している闇をもつ人間の非情。
秀吉という怪物の片鱗の表現がそこにあった。
似たようなシーンを思い出したんだけど、大野智さん演じる「忍びの国」の無門もそうだった。
斬り捨てることに何の疑問も持たない正に無の表情、守るものも何もないからこそ非情だという、とてつもなく寂しい目をしていた。
私自身もそんな目をしていた時期があった。
自分自身さえもいつ斬り捨ててもいいという暗闇を心の奥底に持っていた。
刃は双方に向けられるものだ。
だけど、今は違う。
心理学に出会い自分を大切に思いはじめた。
だからこそ以前の自分が俯瞰して見られるのかも知れないと感じる。
暗闇は時に妖しい魅力となってその人を彩ることもある。
もしくは戦国時代を生き抜く光か。
この2人のひとたらしをどう描いていくのか、今年は楽しみに観ていこうと思った。


