小説 夫と彼と私~その先に見えたものは~ 連載第6回
ミュウとシュン~MailsⅡ~♭
七月○日
ミュウ、今日は何してた? 俺は午前中は大学行って講義受けて、昼からはバイト。今日は嬉しい知らせがあるんだ。何だと思う?
シュン
↓
そういえば、一週間前に前期の試験があったって話してたわよね。もしかして、試験の成績が良かったとか? ミュウ
↓
その前に、今日はまだミュウからお帰りって言って貰ってない。ねえ、ミュウ、お帰りって言って。 シュン
↓
お帰りなさい、シュンさん。
ミュウ
〝まだお帰りって言って貰ってない〟、その下には怒った顔の絵文字が続いている。眺めていた美海は思わず笑いが込み上げた。
ほどなく、メールが来る。
お帰りなさいの次はハートマークかキスマークくらい入れてよ。 シュン
↓
はいはい、判りました。お帰りなさい。
ミュウ
今度は〝お帰りなさい〟の次にハートの絵文字を入れる。
ところで、嬉しい知らせって、何なの?
気になるんだけど。 ミュウ
画面に文章を入力して、送信を押す。
直に返事がくるはずだ。美海は期待を込めて鮮やかなメタリックレッドの携帯を見つめる。
シュンの住むM町まで行き、半日デートをしてからというもの、二人の距離はまた縮まった。このやりとりからしても、もう完全に恋人同士のメールになってしまっている。
と、その時、背後のドアが突如として開き、美海は飛び上がりそうなほどびっくりした。
「た、琢郎さん?」
「何だ、まるで幽霊でも見たような顔してるな。そんなに愕いたのか?」
琢郎は少し皮肉っぽい口調で言い、部屋に入ってきた。廊下の方からではなく、居間から続き部屋になっている方のドアを押して入ってきたらしい。
シュンと急接近しているのにひきかえ、肝心の夫とはますます距離が開きつつある。もっとも、琢郎の方は最近、美海に何か話したそうなそぶりを見せることがあるのだけれど、美海の方が琢郎を避けているようなところがあった。
やはり、シュンと毎夜、こうしてメール交換をしていること、琢郎に内緒で逢ったことについては後ろめたさを感じてないはずがない。それらがして、美海を琢郎から遠ざける原因になっていた。
美海はさりげなく二つ折りの携帯を閉じた。なるたけ琢郎の眼に入らないようにデスクの下に隠し、握りしめる。
「何をしてたんだ?」
「え?」
美海は突然の問いに窮した。
「あ、あの、ブログでも始めようかなと思って、色々と適当なサイトを調べてたの」
慌てて適当に言いつくろってみたが、かえって墓穴を掘ることになった。
「携帯で?」
「ううん、パソコンで」
咄嗟に応えるも、蒸し暑い夏の夜なのに、冷や汗が背中をつたい落ちるのが判った。
「でも、お前、パソコンは電源を落としてるじゃないか」
「あ―」
美海は狼狽え、訳もなく立ち上がった。その拍子に膝の上で握りしめていた携帯が勢いよくすべり落ち、フローリングの床に音を立てて落ちた。
「そ、そうね。つい、さっき、電源を落としたのよ」
「そうか」
琢郎はそれ以上、追及はしない。思わず身体中に漲っていた緊張が解けていった。
わずかに気まずさを孕んだ沈黙が部屋を満たしてゆく。
その時、淀んだ室内の空気をつんざくように、美海の携帯が鳴り始めた。
「電話だぞ」
「ううん、これはメール」
美海はしゃがみ込んで携帯を拾った。ユーミンの〝雨の街を〟が流れている。お気に入りの曲を着信音にしているのだ。
「何だ、メールか」
琢郎は納得顔で頷く。そこで迂闊にも美海は手が震えてしまい、携帯をまた床に落としてしまう。
「返事しなくて良いのか?」
「どうせダイレクトメールでしょ」
声が上擦る。琢郎に妙だと思われないだろうか。
顔を上げると、物言いたげな琢郎の視線にぶつかった。途端に心臓が音を立てて脈打ち始める。静かな部屋の中では、琢郎に鼓動を聞かれてしまうのではないかと不安に思ったほどだ。
「ああ、もしかしたら、皐月かもしれないわね。彼女、毎夜のように子どもたちの写メを送ってくるのよ。たまになら良いけど、毎日となると、受け取る方もはっきり言って迷惑」
満更、嘘とはいえない科白が浮かんだのは、我ながら上出来だと思った。
「まあ、仕方ないだろう。子持ちの心理ってのは、俺にもよく判らんがな」
琢郎は淡々と言うと、美海をまたじいっと見つめた。
「子どもといえば、そのことで少し話がある」
「なあに? もう今日は遅いし、明日じゃ駄目かしら」
先刻のメールはシュンからに違いない。早く返事が読みたいのに、こんなときに限って、琢郎は出ていこうとしない。大体、夫がまともに話しかけてくるのなんて、ひと月半ぶりなのだ。
「大切なことだぞ」
「そんなに急を要するの?」
「お前、前から子どもを欲しがってたろう。俺は別にできればできたで良いし、できなくても仕方ないと思っていたんだが、最近、少し考え方が変わってな。お前がそれほど望むのなら、もう少し協力しても良いかなと思うようになったんだ」
「―」
美海は琢郎の意図を計りかねて、押し黙った。
「子授けで有名なお寺とか神社にお参りするってこと?」
しばらくして応えた美海に、琢郎が今度はポカンとした。やがて低い笑い声が響き渡った。
美海はムッとした。
「私、真剣に話してるのよ?」
「お前って、相変わらずだな。純真なっていうか、そういうところは結婚前と全然変わっていない」
琢郎が美海に近づいてくる。無意識の中に、美海は後ずさっていた。
「だから、セックスしようって言ってるんだ」
「え」
美海は愕きに眼を見開いた。躊躇う間もなく、身体が宙にふわりと浮いた。
「これからもっとセックスして、子どもを作ろう」
琢郎は美海を軽々と抱きかかえて、室内を歩いていく。
「琢郎さん、今日は気分が悪いの。朝からずっと頭痛もしてたし」
美海は懸命に言った。
「ね、琢郎さん。また今度にして」
シュンのことを考えていた最中に、突然、琢郎が現れたことだけでも混乱していたのに、このまま琢郎に抱かれるなんてできるはずがない。
「琢郎さん!」
少し声を大きくしても、琢郎は美海を抱きかかえたまま、廊下を通り過ぎ、寝室へと入った。ダブルベッドに降ろされた美海は、すぐに上半身を起こした。
「今夜はもうこのまま眠らせて欲しいの。お願い」
だが、琢郎は美海を軽く突き飛ばした。その勢いで、美海の華奢な身体は再びベッドに倒れた。
「琢郎さ―」
いきなり覆い被さられ、唇を塞がれる。すべてが一ヶ月前と同じだ。あの夜も抵抗する美海をこうして押さえつけ、荒々しく貫いたのだ。
「いやっ」
美海は泣きながら抵抗した。薄いTシャツが乱暴に捲り上げられ、白い清楚なレースのブラジャーが現れる。琢郎はブラを荒々しく押し上げた。途端に零れ出た豊かな乳房を両手で下から救い上げるように持ち上げる。
しばらく好きなようにこね回されていたかと思うと、尖った先端がすっぽりと口に含まれた。
「いや!」
美海はありったけの力をかき集めて、琢郎の身体を押した。まさか美海が反撃に出るとは想像もしていなかったらしい。琢郎の大きな身体はあっさりと後方へと飛んだ。
「美海、どうしたんだ? 何で、俺をそこまで嫌がる?」
美海は衝撃と恐怖に震えながら、嫌々をするように首を振った。
琢郎の顔が一瞬、やるせなさそうに歪んだ。
「本当は子作りに協力してやるっていうのは、言い訳なんだ。一ヶ月前にお前を抱いた時、俺は物凄く良かった。これまでにお前を抱いたことがないわけじゃないのに、まるで初めてのように良くて、恥ずかしい話だけど、何度もイッたよ。あれから、お前を抱きたくてうずうずしていたんだが、お前の方はいつも俺を避けてばかりだったろう」
「私―」
美海は言いかけた言葉を飲み込んだ。
あなたは気持ち良かったのかもしれないけれど、私は少しも良くなかった。確かに身体は限りない快感を感じたかもしれないけれど、心はレイプされた後のように冷え、惨めさだけが残った。言うのは簡単だが、それを口にしてしまえば、琢郎とはもう本当に終わりになってしまうと思った。
「今日は本当に頭が痛くて」
それは偽りではなかった。ここのところ、体調が優れないことが多くなっている。胃の調子が思わしくなく、頑固な吐き気は美海を苛み、食欲は以前の半分もない。
「そんなのは気持ち良くなれば、すぐに忘れるさ」
「私、いやなの。琢郎さん、今夜は許して」
美海は首を振りながら、ベッドから降りようとした。と、背後から、いきなり琢郎に抱きすくめられた。
「もう我慢できない」
琢郎はもがく美海を羽交い締めにし、乱暴な手つきでスカートの裾を捲り上げた。
次いでブラとお揃いの小さなショーツが引き下ろされる。彼は美海を引っ張ってベッドに押し上げると、腹ばいにさせた。
「あそこに手をつくんだ」
「何で、何で、こんなことをするの?」
美海は大粒の涙を零し、訴えた。
「良いから、両手をついて」
琢郎は美海の手を掴み、無理に枕元にあるナイトテーブルの縁を持たせた。
「ここに手をついているんだ」
何をされるのか判らないまま、美海は怯えた。涙が後から後から溢れ出てくる。更に四つん這いになるように命じられたが、美海はこれには烈しく首を振った。
「黙って言われたとおりにしろ。言うことをきかないと、もっと酷い抱き方をするぞ」
凄みのある声で言われ、美海はナイトテーブルの縁を掴み、泣く泣く四つん這いになった。赤ん坊がはいはいするようなポーズである。
あまりの恐怖に震えていると、琢郎が背後から美海に覆い被さってきた。かと思うと、いきなり背後から猛り狂った彼自身に貫かれ、美海は悲鳴を上げ、小さな身体を仰け反らせた。
美海は琢郎との淡い交わりしか経験はなく、歳だけは経ても、性的な経験も知識も乏しかった。今時の女子高生の方がよほど、美海よりはそういった知識も経験も豊富だといえるかもしれない。
「うぅー」
美海はあまりの苦悶に喘いだ。琢郎とのセックスでこれほどの圧迫感を感じたことはない。まるで別人かと思ってしまいそうになるほど、これまでの彼とは違う。大体、美海の胎内深くを刺し貫いているもの自体がこんなに大きかっただろうか?
「お前を相手にしても、まるで石を抱いているようだったもんな。ちょっと変わった抱き方をしようとすれば、嫌がってそっぽを向く。つまらないから、適当に風俗とかで抜いていたんだ。だが、お前も調教すれば、良い女になるんだってよく判った。だから、これからは俺がちゃんと仕込んで、俺好みの身体にしてやる」
これが琢郎なのだろうか。これまで十一年間、美海が夫として見ていた男と同一人物なのか。
琢郎が腰を動かし始める。絶え間なく抜き差しされ、美海の思考はそこで途切れた。彼は時には腰を回したり角度を変えて突いたりしながら、合間には美海の豊かな胸を揉みしだいている。
美海は次第に何も考えられなくなり、やがて、意識が真っ白い闇の中に飲み込まれた。瞼で閃光が幾度も弾け、光の泡が無数に飛び交う。
「あうっ、ああっ」
美海は琢郎に烈しく突き上げられ揺さぶられながら、あられもない声を上げ続けた。
一ヶ月前と同じ、永遠に続くと思われた快楽地獄もいつかは終わりが訪れる。天上の高みから幾度も突き落とされた美海の意識は、やがて大きな波のうねりに飲まれ、烈しく鋭い快感が四肢を稲妻のように走り抜けた。
「ああっ―」
美海はひときわ高い声を上げ、絶頂に達すする。ほぼ同時に琢郎も美海の感じやすい内奥で熱い性を放ちながら達した。琢郎の巧みで執拗な愛撫によって、すっかり感じやすくなってしまった身体が快感の余波にびくびくと震える。
彼の放つ精が内壁にまき散らされるのにも、烈しい余韻が美海の身体中に漣のように走り、彼の手によってさんざんいじり回された乳首が寝具をかすめるのさえ、妖しい震えが四肢を駆け抜けてゆく。
心はまたしても置き去りされたまま、琢郎に蹂躙されたというのに、身体だけはこれ以上はない悦楽を貪り、至上の快楽を得たのだ。
美海は惨めな敗北感に打ちひしがれながら、声を殺してすすり泣いた。
それから美海は幾度も琢郎に抱かれた。あるときは仰向けになった彼の上に跨り、烈しく下から突き上げられながら、あるときは先刻のように後背位で責められた。
琢郎はどうやら、後ろから女を犯すのが好みらしい。これも美海は初めて知り得たことだった。これまで夫がこんなやり方で彼女を求めてきたことはなかったからだ。
作品中イラストはCGイラストです、写真ではありません。