*顔を上げる ①
足踏みを止めて、私は再び前進し始めた。
愚痴と不満、恐れや不安ばかりを語っていたお陰で目減りした気力は、少しずつ、潮が満ちるように回復していく。
約8か月の専業主婦期間を終え、新しいパートが始まった。
初日は相変わらずガチガチに固まり、新しいことばかりの毎日に、夕方には必ず頭が痛くなった。
苦手意識の強い接客業でドジを踏まないようにと、気を張り詰めっぱなしだった。
家に帰ると、緊張の糸が切れて、お菓子を貪り食べる。
それでも、必死でメモを取り、出来ることを少しずつ増やしていった。
幸い、一緒に働く人たちは、誰もが良い人だった。
自分の時間を割いて、気さくに、懸命に、仕事を教えてくれたし、フォローもしてくれる。
早く、少しでも役に立つようにと必死だった。
だけれど、思いつめた気持ちにはならなかった。
仕事と場の空気に慣れれば慣れるほど、気持ちも楽になっていく。
何より、絶対にできないと決めつけていた接客業が、思ったほどの難関ではなかった。
たまに変なお客さんに当たってしまうこともあるが、事前の覚悟が肩透かしを食らうほど、大半のお客さんは優しく礼儀正しい人ばかりだ。
忙しくはあるが、やるべきことが片付いていくのは気持ちよくもある。
1日4時間で、だいたい週4日。昼から夕方のシフト。
最初に希望していたのは朝の時間帯だったが、面接時には枠が埋まってしまっていて、提案してもらう形でこの時間になった。
結果として、これは非常にラッキーだった。
働き始めてから間もなく、夫の勤務時間が午後からに変更され、一緒の時間に家を出ることになったのだ。
お陰で、夜も朝も以前よりゆっくりと2人で過ごせるようになった。
給与に関しても、タイミングよく、世の中の賃上げの流れに乗った。
初めての給料日、明細を確認すると自分の計算より多い。
求人サイトで確認すると、応募時より時給が上がっていた。何の労もなく、給与を増やして貰えた。
出来ないと思っていたことが、意外にも苦痛でないことに、驚きと、嬉しさがあった。
自信にもなったし、自分の新しい可能性を模索し始める。
数か月が経ち、新しいタイムシフトにも慣れ、気持ちに余裕が出てくると、また何かやってみようという意欲も湧いてきた。
同時期に、一緒に働いていた同年代の人たちが、正社員として働くために退職していったことも、その気持ちを後押しした。
自分も、歩みたい道をもう一度歩もうと。
バイトやパートをしている時でも、いや、寧ろしている時ほど、常に「いつかは、自分の仕事で食べていこう」と決めていた。
どこに行っても、ずっとそこで働き続けるという発想がなかった。
生活の為にとりあえず働かなくてはならないが、それは自分がやりたいことで芽が出るまでの繋ぎのようなものだと思っていた。
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