ジョルジアの誕生、そして別れ。 | La vita è breve

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埼玉出身元トラック運転手。27歳で渡伊して料理人に転向。てんやわんやの末、東京フレンチ、医療の現場を経て大分へ移住。このブログは、37ちゃいのワタシがシチリア島で再出発する所から始まる壮大なストーリー。54ちゃいの今、更にてんやわんやである。

シチリアを旅立つ前に、
終わらせなければいけないことがある。


ダビデの妹との初対面と、お別れをするために、
いったんミラッツオへ向かう。


しばらく留守にしていたので、
ダビデが満面の笑みで飛び込んでくる。
ああ、この手を離さなければいけないのか、、。

7月11日、約3000gで第2子ジョルジアが生まれた。

メッシーナの病院には、ロザルバ先生と、学校の事務員のソニアと向かう。車

このソニア無しにはこの学校は語れない。
スエーデン、、?スイスだっけか?、、、のどっちか出身の彼女、
17才の時、シチリア人のアントニーノに恋をして、
イタリアに通い、10年たった今では夫婦同然に生活している。
イタリア人にはないマメさと、計画性、整理整頓能力で、
ラボラトリオ・リングイスティコをしょって立つ。
陽気なパルッキエレ(美容師)アントニーノ、
通称ニーノについても、追々語らねばなるまい、、。


見よ。この堂々としたダビデママ。
出産翌日とは思えない元気のよさ。

!


これは帝王切開の様子について語っているところ。
元気いっぱい、いつものフランチェスカだ。

ところがこの後、ソニア(ショートカットの方)の様子がおかしい。
どうやら帝王切開の様子を聞いて、気分が悪くなってしまったらしい。

“病院に来るとね、いつもこうなの。ごめんなさい。”
(TωT)
そう、嘆く彼女はこのベッドに横たわり、
ダビデママは“あっはっは”と笑って立っていた。

そして、ジョルジアとご対面。
ジョルジアーーー!!エミコだよーーー!!
がんばったね!
ありがとう!生まれてくれてありがとう!!
。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。




そして、、、。

とうとうやってきてしまった。
解っちゃいたが、やってきてしまった。




ダビデとのお別れの時。




別れを告げると、
“なんで?なんで?”
いつもの質問攻撃だ。

“だめだよ。出ていけないよ。扉しめて、鍵かけて、これでもう出れない。部屋でじっとしてなさい。もう出れないんだから。”
いつもダビデパパがお説教のとき言う台詞だ。

泣けてくる。(ノ_-。)

“また会おうね。”
“なんで?行かないでよ。ねえ。いかないでよ。何で行っちゃうの?”

“もう一度会うために、行っちゃうんだよ。さあ、お別れのキスをしなさい。”
と、ダビデパパ。

そうだね。また会えるよね。
きっと次にあったときは、もう、覚えちゃいないんだろうけどね。
ダビデが元気でいてくれればそれでいいや。
ジョルジアと仲良くするんだよ。

オチは無し!!