えっと、4月3日に誕生日を迎えました。
30歳になりました。
お祝いのメールをくださった方、どうもありがとう(‐^▽^‐)
誕生日の日、会社では何も言わず、普通に過していました。
昔っからそんな感じが多いですね。
なんか恥ずかしいんですよ。
歳とるからじゃなくて、、、なんだろうな、わかんないや(と言って投げる)。
ぽかぽかした気持ちのいい陽気で、
疲れやストレスから久々にヘルペスが出来ていたけど、
どうでもいい服着てたら気が滅入りそうだったので、
実家近くのスーパーで買ったマリメッコのばったもんのワンピース着て行って
(意識したわけじゃないんだけど、っていうか会社に着ていって「マリメッコ?」と聞かれて気づいた)、
お昼には同期のお姉さんと中華料理屋さんであんかけチャーハン食べて、
おつりが100円多くてラッキーで、誕生日だからってベローチェでアイスコーヒー買って(どんだけビンボーだ)、
まあいつも通り残業して、10時過ぎに帰りました。
思えば実家出て迎えた初めての誕生日。
帰り道にお母さんから電話がかかってきて、「産んでくれてありがとう」と言った。
ほんとは私は3月下旬に生まれる予定で、
でも同学年の子と比べて子供の頃はどうしても発育が遅いからって、
なんとか4月2日以降にしたかったらしく、我慢してたらしい(笑)。
・・・芸能人がブログでこういうこと書くと「炎上」するのかな?
まあ、そこまで見られてないのでいいか。
というか、ある程度まで成長すれば関係ないんですよね、全く。
私、頭よくないですもん(笑)。
記憶力が悪い。不器用なんですかね。
大学入ったのも他人より遅い。
しかも、学力とかじゃなくて、小論文とかそっち系で入った派です。
不器用な男はモテるのに、不器用な女がモテるって聞いたことないですわ。
コピーライターを目指し始めたのが26歳で、
当時は、人事課を経て、営業部で営業事務をやっていました。
なんかつまらないなと思って、
あと、失恋のショックから、なにかに打ち込みたくて、
コピーライターの学校に通い始めて、
でも、コピーについてはこれといって分からなかった。
しかし縁があって広報の部署に異動させていただくことになって、
コピーのお仕事をたまにさせてもらって、
2年後くらいにまたコピーの学校に行って。
でもやっぱり、コピーについては分かったようで結局分からなかった。
しかし縁があって小さな広告代理店にコピーライターとして入社することが出来て、
1年後くらいにまたコピーの学校に行って。
でもやっぱり、コピーについてはつかめなかった。
コピーって、一瞬のひらめきとか思いつきではなくて、
考えて考えて考えた末に、ある時ポーンと飛ぶんですって。
それが出来ないながらコピーライターになってしまって、
でも、すごいコピーが書けなくても、
仕事を選ばなければ、地味ながらコピーライターとしてのお仕事を出来るんだから、
それで生活していけるんだから、いいじゃんって思ったわけですよ。
そう思いながらメーカーに転職して、
あるキャンペーンを任せていただいたんですね。
その時、前の会社だったらマーケティング専門の人に任せることを、
うちはそういう部署はないから、本を見ながら自分でやって、コンセプトを考えてみようと思ったんです。
社会情勢を考える中、へこんだりしたわけですよ。
やっぱりいい世の中ではない。
うじゃうじゃ、ぐじゃぐじゃ、まあ色々考えていて、
そんな中、ある時飛んだんですね、ポーンと。
で、コンセプトとコピーが決まったわけです。
ただ、それだけじゃダメなので、それっぽいのを2本加えて提出して、
それで選ばれたのは、うじゃうじゃ、ぐじゃぐじゃと考えてポーンと飛んだものでした。
・・・4年かかりました(コピーライターになってからは1年と4ヶ月)。
やっぱ不器用だね(笑)。
今までコピーの学校で学んだことが全部線になって繋がった感じ。
だけど、日産の「モノより思い出」や伊衛門を生み出した方も3年くすぶったっていうからいいもーん。
これからは、もっと自分に自信を持って頑張ろう。
私はそんなにダメじゃない。
そんな中、代理店にいた頃の上司から連絡があり、
フリーで仕事をやらせていただくことになった。
言いたいことはあったけど、言わずに円満退職してよかった(笑)。
まだまだ本業の仕事は落ち着かなくて、
でも自分でチャンスを潰すのだけはしたくないから、
だからちょっと無茶をしてみようと思う。
梅酒のホットを飲みながら、
酒に酔ってるんだか自分に酔ってるんだか分からない私ですが、
今後ともどうぞよろしこ。