TPOの装いに悩んだら、皇室ファッションを参考にしましょう。
イマドキの女性ファッション誌は、TPOを誤った、もしくは把握していないスタイリストや編集者が作っているところも多く、愕然とすることが多いです。

仕事をする女性に申し上げるが、時にカッチリしたスーツを着こなし、堅い本革の書類鞄とヒールのある靴で装いを整えられない人は、年齢が上がるにつれ、会食の席に招かれなくなり、重要なポストにはなかなか就けません。
格の違う相手と商談することは、エグゼクティブはありませんし、晩餐の席は同席を許されません。

信用とステイタスを見た目で語ることも、必要であり、

女子力

などと、オムツの取れない寝ぼけたことを言ってはいけません。
早くエレガントな淑女になりましょう。
女性らしい可愛らしさが、若さだけの演出だと勘違いは止めましょう。

凛然とした風格ある女性が増えない限り、エスコートする為に頑張る男性は増えません。

男子を紳士に仕上げるには、女性の格も必要なのです。

⇒emico@経営コンサルタント+カフェオーナーさんのINTELYの投稿をもっとみる。
救助しようとして死亡の女性に紅綬褒章
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131004/k10015031011000.html

こうしたことを、内閣の支持率に貢献とか云う人もいるが、故人の人格を手放しで讃えようよ。
理屈や理性で行動したのではない。
そうせねばならないと、一市民が、一女性が、反射的に取った行動だ。
結果は凄惨なものとなり、無念この上ないが、この人の人格を賞賛するのに、躊躇う必要はないだろう。

義によって動く。

この志しを用いて日々を送る価値を、いま手にしているか?
考えさせられた事故であり、勇敢にして優しい女性の死であった。
改めて、ご冥福をお祈り申し上げたい。

⇒emico@経営コンサルタント+カフェオーナーさんのINTELYの投稿をもっとみる。
聞けばモチベーションが上がる――仕事のフィードバックを求めてみよう (1/2)
http://bizmakoto.jp/bizid/articles/1310/03/news011.html

「先般はお世話になりました。
△が◻︎となりましたのは、頂いたご助言に添わせて頂いた成果です。
心より感謝申し上げます」

「昨日のもてなしに感動しました。お世話になりました」

そうしたフィードバックがあるのは当然だと思っていたので、改めて記事になっていることに驚いた。
でも、そうかと合点が行くこともある。
何をしてあげても当たり前で、金のある人間が、やれる人間が、やってくれて当たり前で、何故もっとやってくれないと、浅ましい人間は昔からいた。

急な天候悪化で交通機関の足がなくなったり、
具合が悪くなったり、
様々精神的支柱となり、尽力をおしまなかったり

いま出来ることをやってあげようという人は、見返りを求めて始まることはない。
しかし、そうした人が苦笑するのは、

「ありがとうございましたに、心がないんだよね」

やってもらって当たり前の性根が見えると。
振り返ってみても、確かにそうした人はいた。
同級生で、皆で遊びにひてくれた時、一人の子が体調が悪くなって、母が薬や氷嚢を当ててあげ、迎えに行けないと言う親御さんだったので、タクシーを呼んで、その子の近所の友達も同乗させ、ドライバーにお金握らせて送って貰った。
そのフィードバックは、親御さんから何もなかったし、その子からも、薄っぺらいありがとうの言葉だったので、子供心にも衝撃的だった。
お友達のお宅にお邪魔して、勉強したり遊んだりしている内に、突然の大雨となり、大らかな家人は、子供達に泊まっていけと、各家庭に連絡を向けた。
大人数の夕飯を用意し、布団を用意してくれた。
私は、仕事帰りの父が車で迎えに来てくれたので、お夕食を頂いて帰ったが、迎えに来た父の手にはケーキの大箱があり、お世話になりましたと礼を述べ、皆さんと子供達でどうぞと、家人に渡した。
見慣れたやりとりだった。
やって当たり前だと思っていたから。
しかしある日、またそのお宅へ伺った時、複数人、抜けていた。
都合が悪いのかと気にしなかったが、友達が言った。

もう呼ばない。
恥かかされた。
朝食まで食べて帰したのに、親からも、あいつらからも礼がない。
礼が欲しい訳じゃないけど、帰った後、布団干したりシーツやパジャマ洗ったり、色々手間かかるじゃん。
母さん、あいつらのお手伝いじゃねーよ。失礼だ。
母さんに悪いことした。

忘れもしない、小学校時代の出来事だった。
飯を振る舞い、宿泊させれば、手間と経費が発生する。
時間と金が消費されるのだ。
商売人の家の友人は、子供ながらに感覚的に、そこに感謝の言葉のリスペクトのない非常識さをなじった。

親の姿勢が子供の人格形成に影響するのは当然で、そして、そこに格差も生まれてくる。
価値観を共有できない人間とは、付き合いは遠のく。
大人なればなるほど。

人間関係維持のベースは感謝だと思う。
そこが人となりに反映し、第一印象に表れる。

だから、記事にあるように、聞けばモチベーションが上がると云うより、

「あなたの情報で、私は幸せを感じたよ」

と、感謝を向けられたことで、宅配ドライバーの人は喜んだのだと思う。
自分の向けた情報で、喜んで貰えたと云う手応えを得たから。
目上の者は、目下の者の、この感覚を誤解してはならない。

目上の者に、目下の自分がお伺いを立てるべきではない。
褒めて貰いたいのかと、さもしく見られたくない。

と、良識的に言葉を飲み込んでいる者も多い。
だから、感謝や礼は、目上の者から向けるべきである。
それが、

自分を見てくれている人

として、目下の者の安心感と信頼を得る事なのだ。
この人に喜んで欲しいから、気付いて欲しいから、次、もっと良いものを仕込もうと、モチベーションを自ら上げることができる。

見て見て
やったの!
やれたのみてー!
どうだった?
あれどうだった?
良かったでしょーっ?

と、大人に言わせてはいけない。
自分に注目を集めたいと云う欲求ばかりが高まり、目配り気配りで、個の意欲を育てる能力が育たない。
それはイコール、人を育てることができない、スタンドプレイヤーを創出することである。

感謝を丁寧に向けることを知らない人は、物事の労力に対する代価を知らない。
だから、感謝に値することも出来ないし、感謝に値することも、そもそも感じ取れないだろう。

人材育成は、家庭教育から既に始まっているのだ。

親を選ぶことは出来ないが、それもまた、格差増幅の要因だろう。
棲み分けが重要と、公けに説く人が現れるのも時間の問題かもしれない。

⇒emico@経営コンサルタント+カフェオーナーさんのINTELYの投稿をもっとみる。
憧れると、越えられない。
でも、「憧」は、心を童にすると書く、

カッコイイと感じたこと、
スゴイと感動したこと、
優しさに胸打たれたこと、

みんなみんな、《人》の熱に触れて、インスパイアされる。
純真さが肝要。

憧れを目標にセットし、プロセスを踏もう。
いつか追いつくことがあるかもしれない。
そこまで行ったなら、きっと自分のスタイルも仕上がっている。

追いかける目標に近づんとすることは、自分の長所短所を踏まえることから始まる。
越える越えないより、自分との戦いだと気付く。

そうした時、憧れは尊敬へと昇華し、自分の道を進んでいけると思う。

憧れられる人との出逢いを得た者は、飛躍の種を貰ったのかもしれない。

⇒emico@経営コンサルタント+カフェオーナーさんのINTELYの投稿をもっとみる。