イノベーションに必要なのは「自由」ではなく「カネ」だ
http://geopoli.exblog.jp/21311098/

面白い。
久々に面白い記事を見付けた。

私はシツコくインドに期待する。
『知』への信用は、個人的にインドにあると思っている。
インドと如何なるビジネスを結ばんや?
熟考しすぎて妄想の域にw

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ふと、外国の方へのプレゼントを今まで、何を送ってきたかなーと、振り返った。
記事に返信させて頂いたように、風呂敷は多かった。

タペストリーやテーブルクロスになるような大判の風呂敷は大概綿でラフな印象だが、お月見兎やお正月、四季折々の風情を演出しやすい贈り物で喜ばれた。
ちりめんの高級シルクの風呂敷は、友禅柄を好んで選んだ。
着物を印象付けることに一役買った。
帰国やお招きが前もってアナウンスされている等、時間に余裕がある時は、名前を染めて貰った。
今はローマ字対応もしてくれるので、とても便利だ。
何より、あなたを思って用意したと、心を読み取ってもらいやすい贈り物となるので、ぜひ、ご利用頂きたい。

お子様がいる方には、ちりめん生地のウサギ人形等、手触りに特徴のあるものを差し上げた。

ついで多かったのは、今はスタンダードになった五本指ソックス。
これは男性ビジネスマンにウケた。

お箸と箸入れをセットにしたり、カンザシを選んだ。
意外なところでは、墨と朱色の筆ペンセットも喜ばれた。

日本に赴任されている方には、日常使って頂けるよう、切子細工のグラスや漆塗りの器を差し上げた。

いづれも、自分の生活の中にあり、海外に出掛けてプレゼントするのに仕込んでも邪魔にならないもの、壊れないものの延長でしかない。
でも、海外に住まう方には、日本の旅情を一日でも留めて欲しいし、手にとった時に思い出して欲しいと願う。

お土産は、日本の伝統を披露できる最良のシーンであり、海外の方に敬意を払われるポイントでもある。
海外のエグゼクティブは、自国の文化伝統をとても重んじる。そして当然、対峙する他国の文化伝統に経緯を払う。
それは、理解をしようとする心掛けなのだ。
しかしながら、それに応える日本人は少ないと言われた。
自国の文化伝統を語れない人間は、アイデンティティが揺らぎ、腹が座っていないと見て取られ、ビジネスのシーンでは格好の攻撃対象となり、不利益な交渉を押し切られるケースが多い。

あなたはナニモノですか?
あなたのオクニはどちらですか?

国際化を錦の御旗にしたいなら、まず、自国の文化伝統を語れる人材を育てるがいい。
真の国際化とは、互いの文化伝統を理解するところから始まる。
何故ならそれは、歴史を知ると云うことだからだ。
時に、歴史のマイナスも見て、それでも模索しなければならない未来へと進まねばならないのだ。
その時、語れるものがなかったら、顔を洗ってきても、もうその席はない。

お土産一つから話が大きくなったが、海外の方と深い縁が出来た時に、恥をかくことは避けたいと願うばかりである。

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文章を「書ける人」と「書けない人」のちがい
http://www.huffingtonpost.jp/rootport/post_5947_b_4139629.html

ビジネスパーソンを気取る人に足払いをかける記事である。
気取り屋と流行り物好きでは本物にはなれない。

情報の丹念な追求と収集と蓄積。
実践のステージ。

知識を知恵に昇華するアウトプットまで出来てこそ、ビジネスパーソン。
なんちゃってアナリストぶりっ子でいたいなら結構だが、自身で体現出来ていない知識をひけらかされても、薄っぺらい人間性と虚飾を披露される受け手は苦痛である。
ビジネスは、マスターベーションでは成立しない。

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若気の至りでw、漫画原作をやったことがあります。
その時の編集者に言われた言葉が、その後の資料制作や指導要項策定の戒めになっている。

「小林さんは、五段階評価なら、4以下取ったことないでしょ?
あのね、漫画はね、頭の良い子ばかりが読むんじゃないの。
成績2の子が素直に理解出来ないとダメなの。
成績ばかりでなくてね、年齢職業性別バラバラなの。
その人達みんなが楽しめないとダメなの」

初めての仕事も、経営者にしか会わないし、コンサルに転向してからも、身分不相応な方々との仕事で、理解力に不自由しないことが多かったが、時に面食らうことはやはり有り、うんざりすることは、正直私も人間なのである。
しかし、そうした時に前述の言葉が蘇る。

「理解を求める姿勢が傲慢になっていないか?」

と、自らのアプローチを振り返る。

エンドユーザーあっての仕事だと、目の前の人を通じて考える習性が付いたのは、たった一人の編集者の言葉だった。しかも、仕事で組まなかった人のw
胸に刺さる一言、行動規範になる一言との出会いは、如何なる時にもあると確信している。

若き才能が人の心を理解した時、富と、手応えと云う感動がもたらされるだろう。

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しかして、任せっきりにしてはならない。
何故なら、時間の帳尻を合わせることだけは出来ないから。

途中、

「詰まりそうなら、声掛けて」

の、一言がないと、最後まで暴走し、解釈が真逆であったことに、最後の最後で気付かされる話は、枚挙にいとまがない。
工程七割の段階で、

作業者は依頼人への着地点確認を
依頼者は作業者へ工程確認を

七割ならば、時間と作業の巻き返しが効く。
作業側が依頼側へ確認を取るのは、移り気でファジーな、イメージ先行で軸足が立っていない担当者とのギャップと、責任の所在を明確にしておくため。
依頼側が作業側へ確認を取るのは、あくまでも目的のイメージの確認と修正。発注意図がズレて着床点でやり直しの無駄を省くため。

途中口煩いのと、途中、変更があっても連絡曖昧で、修正確認もしないのに、仕上がりに因縁つける依頼側は、存在自体消えてくれだが、確認のタイミングを測るのは、作業側のセンスと対応力の幅の売り時でもある。

いづれにせよ、

やりっ放し

は、双方不誠実である。
相手の自主性と尊厳を傷付けないやり取りが出来ないなら、双方、仕事のスキルが低いと反省すべきである。

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