HARU in Pastelaria五條
http://www.magisto.com/video/PABGK1kGF2ggU0ZpYw

生後一ヶ月から、ママになったパティシエの職場復帰に付き合って、彼は出勤してきた。
新米ママをサポートするのは、育児経験者の我が母と、バイトの女子大生達。
切迫流産のリスクをかいくぐる時も、一致団結して誕生を待ちわびた。
みんなの弟だった。

大都会東京のど真ん中の、奇跡のような家族ごっこ。

お客様や業者さん、みんなも誕生を喜んで、みんなが手を差し伸べてくれた。
リアル『とんび』だと笑った。
その子も、もう三歳と九ヶ月になる。
東京の託児事情により、預けることも叶わず、今日に至っている。
が、ものの見事に、一般的三歳児基準を凌駕しているのは、正に、人の中で育ってきた賜物だろう。

幼児教育には様々な仕様があるし、私の友人には、そのプロフェッショナルもいる。
折に触れて、彼女に方向性の確認をとったりしたが、基本的に、自分たちが育てられたことを踏襲するしかない。
物をフットワークで覚えるように、矢継ぎ早に質問されることに、反射神経で答えたり、子供の目線に入るもの全てに、名前があることを教えた。
散歩は五感を弾けさせる宝庫で教室だ。
喋り続けて疲れるったらないが、そこは研修で鍛えた喉がある。
ずーっと、望まれるまま、教えたいまま喋り続け、遊んだり買い物に行ったり、ご飯を食べたり。

「ハル、漢字読めるんですよ。スゴくないですか?」

親バカパティシエが嬉しそうに報告してくれるが、漢字をアイコンで捉えるので、教え方次第では散歩だけでかなりな字を覚えて行く。
そして、色や形状を。

しかし、電車やカフェで、他の親子を見ていると、お母さんはスマホ。子供はゲームという構図が多い。
しかし、そんな子供は、ちゃんと親を見る。
自分を見てくれているかと、様子を伺う。
向けられる視線は、そこにない。
だからまた、ゲームに向かう。

これでは、子供は提供されたものにしか興味を示さず、アプローチ能力が育つこともない。
子供のサインを見落とし続けて失望させて育てていたら、そりゃあ、我が子の素行も読み切れまい。

目を見て話して聞いて、同じものを見て語り、理解する。

心を育てるのは、親しか出来ないのに、子供より大切なものが、スマホに詰まっているのだろうか?

『人間』

この字の形成が意味するところを、もう一度問い直すべきではないかと思う。

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炎上ロッテ選手に“なりすました男”との一問一答
http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/197016/

字面の印象からするとこの管理者、反省してないように思える。
そして、この人を管理者としてしまった選手が、球界初の個人ブログ等の発信規制を受けても、致し方ない。
言葉が人を辱め、人格と社会性を抹殺することになる事実を、見せしめのようだが、公人は強く認識し、自制と預託者の動向に注意を払わねばならないことが責務であるからだ。
しかしてそもそもマスコミ側も、報道の名の下に、傍若無人と人非人の数々を繰り広げている。

死者を二度殺してはいけない。
遺族は二度、身内を殺される思いに苛まれるからだ。

人として、許されざる犯罪である。

Twitterをはじめとして、日常の呟きに関して「執筆代行」させると云うのは、書籍物より、他者に自分の人格を預ける行為になる。
恐ろしいリスクであると、公人は認識した方が良い。

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論理は、屁理屈ではなく、ディベートでもなく、議論するものでもない。
論旨破綻せぬよう、筋道を立てて、他者との意思疎通を行うものである。
論理的思考とは、思考訓練の賜物なのである。
よって、学問の全てに、論理がある。
それを極めたところに、学問を、書籍を、人間を読み解く力が備わる。
それは確かに、思考訓練によって、論理的解釈を得て、効率を手に入れたことになる。

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今夜の母娘のお客様の会話に、新しきを知る。
エライ食欲のご友人を称して、

「ダイソンだから」

と表現。
驚異の吸引力を誇示するダイソン。 大食漢をも称するのかと、感心した。
この認知の浸透度は、間違いないブランディングの成功である。
大食漢を、

バキューム
ゴミ箱
食欲魔人

と、身も蓋もない表現から救うのかどうかは分からないが、ダイソンがマーケットを席巻したのは間違いないないのだろう。

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ベンチャーでカリスマになるのは簡単だが、企業家になれる人、企業家は、自分が目立つより、自分を支える人達が如何に優れているかを誇示する。
それは、組織の厚みを誇示することに所以する。
俺様ベンチャーなぞ、投資家から見たら、スポット的投機対象でしかなく、損切り見切りは容赦ない。
組織が脆弱な会社に、次の展開はない。

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