ちなみに、「とりあえずビール」も、嫌いなフレーズだ。
幹部社員養成の為の研修のマニュアルを落とした先に(本業w)差し向けていたトレーナーの元へ、何人からか、仕事に慣れましたと、お礼のメールが入って来ているそうだ。
某クライアントさんの新入社員~入社三年目に掛けて、所謂エリート教育で幹部を仕上げて行くマニュアル。
それに則って、非常に有意義な時間を積み上げていると、意欲的なメールの内容の中に、ちらほらと、上司への批判が目に付くと。
大まかな言い方をすると、
「とりあえず仕事して、自分の時間を楽しめと言われることが苦痛である。
“とりあえず”とはなんだ。
“とりあえず”でした仕事の結果は、エンドユーザーに届くものだ。
そんな小馬鹿にした仕事を納めて、“とりあえず”出来たつもりになっている上司の存在が許せない」
と、云う、憤慨からの上司批判であるようだ。
“とりあえず”の仕事には、末端に行き着くまでに、なんらかの齟齬が生じる。
その尻拭いをするのは、若手の自分達であるから、こうした言動が許せないと云うのだ。
所謂エリートとして幹部社員を創る時に、“とりあえず”などの意識は淘汰される。
徹底的に自分を追い込み、追い込まれ、不平不満を零すことなく、言い訳も言い逃れも許さない。
決して、一頻り昔に流行った、愚連隊構成員を作るかの如きスパルタな研修ではない。
常に結果と検証とブラッシュアップと拡大を求めるミッションへ落とし込むだけだ。
それをこなし続けた時、限界と思っていたところは、軽々と越えている。
次へ次へと、能動的に事を成す者の口から、“とりあえず”と云う単語は出てこないし、存在しない。
(厳密に言うと、寝食に関しては使う)
常に万全。
しかし、不測の事態の為に、余裕を。
取締役となり、経営責任を負うと云うことは、会社の利益どころか、負債も負うと云うことだ。
“とりあえず”仕事なぞで失敗すれば、財産が吹っ飛ぶ。
それは、ただの給料泥棒には解らない感覚だ。
だから、淘汰される。
特に、バブル世代が。
金に飽かせて遊び回り、とっ散らかりの成金趣味で、習い事を幾つ経ても、一つもピン立ち出来ず、
「こんなはずではなかった」
と、安酒を煽ったり、アンチエイジングに勤しむ40代50代がいる一方で、当時、あぶく銭でWスクールをこなし、学生時代に税理士や司法試験を突破する者や、起業する者がいた。彼等は今現在も、華やかに、知識欲と消費欲を発揮している。
前者の、バブル弾け組が企業の管理職であると、必ず口にする。
「自分の時間を大切に。若さを楽しめ」
引き摺り込むな。
負け組に。
「大いに仕事し、大いに遊べ」
後者は必ず、義務や責任を口にしてから、遊興を付帯する。
「遊ぶ為に働く」
と口にする者と、歳を重ねた時に、その存在感は埋めようもない差となり、安っぽい人間性は隠しようがなくなる。
何年働く?
何年働く人を支える?
今も昔も、28歳までに走り抜き、30歳に周囲に立つ顔触れで、その後が決まる。
ガチガチに働き続けろと云うのではない。
仕事の効率を上げるには、遊び心は絶対に必要だ。
それがチームアップした組織を作るし、結果を生む。
だから、デキる人は、遊びも上手に取り入れて、生活のメリハリをつけている。
仕事における環境で、人間形成が仕上がる。
また、緩慢とバブル期を過ごした親に育てられると、平気で物事を軽んじ、仕事が出来ている錯覚に陥る。それは、どんなに仕事の環境が良くても、その良さに気付かないから、結果として、人間形成に不備が出る。
“とりあえず”の仕事で、安酒に流れて行く人間は、年をとった時、分け与える知恵はない。
たかだか5年未満の若手達に、底の浅さを嫌悪される管理職になるな。
と、云うより、意識高く社員構成を向上させようとしている経営陣と、それに応える若手。それに挟まれた愚鈍な中間管理職って構図に、吐き気がする。
この中間、圧縮してしまえ。
こうした、アフター5重視の馬鹿者が側にいると、若手もそれに倣うようになる。
中から腐るのは、こうした日常の言葉に触れ続けた結果だ。
“とりあえず仕事”の言葉が目に触れた瞬間、その人間と企業への不信感が生じる。
締め上げろ
指示は明瞭簡潔に。
「こばやしさん。具合悪いんですか?」
「なぜ?」
「体調悪い時、大概容赦無いから」
悪かったな_| ̄|○