何故、オリンパスが閉鎖的村社会になったのか。
そりゃあサラリーマン経営者が続けば、下衆なサラリーマン根性で、出世すれば横柄になるわ、出世した途端に得た権力を、自分の力だと勘違いして職権乱用・越権行為するわ、それで負いきれなくなった責任の盥回しするわな。
一族経営も、バカ息子とバカ娘を経営の中核に入れれば破綻するが、悪いことばかりではない。
この経営の利点は、会社が飛べば自分の財産が根こそぎ無くなる恐怖に経営陣が晒されているので、いざって時のケツの拭い方を知っている人も多い。
下衆なサラリーマンには、それが薄い。会社を移ればどうにかなると。
そんなのに会社を牛耳られたら、お終いなんぢゃないの?

「骨を埋める覚悟です」

そう云って入社してきた、初々しい新入社員達は、いま、どうですか?
そう云った通りに、会社の為に頑張っている人が、何人残っていますか?
会社の中で、自分のアイデンティティを確立し、語れる人が、何人いますか?
そんな社員を、育てられていますか?

私は、サラリーマンで在り続ける事は、能力があってのことだと思う。
そしてその中で、ビジネスエグゼクティブとして、当たり前に1000万円以上稼げる人は、能力の質が違う。
生え抜きはまた、更に高度な能力を要求される。

それが現在、サラリーマンの置かれた状況。
そして、オリンパスを存在の憂き目に晒したのは、バブル期に、苦労知らずで出世し、収入を得、右肩上がりの成長が、いつまでも続くと過信していた大人子供。

「ちゃんとしましょうよ」

大疑獄事件エンロンの直中で闘った、コンプライアンスの大家である私のボスが、クライアントの企業に出向いては云う言葉。

「身の程を知りましょうよ」
「身の丈に合った商売をしましょうよ」

経営コンサルタントでもある彼は、経営陣を諌める時に、そう口にする。
彼は知っているのだ。
骨の髄まで煮え湯を飲まされ、闘ってきたから。
老舗監査法人の副社長を務め、監査の正当性を全うしようとした時、企業側がどう対応してくるか。
監査を全うしようとした会計士が、力及ばなかった事を悔いて、正に墓場まで秘密を背負って自殺するしかなかった苦悩と、使命を曲げなかった誇りを。
監査に就く者は、強靭な精神力を要求されるのだ。

私を含め、1950~1960年代生まれの、バブルの夢から醒めない愚か者の多くが、時代の変化に対応できずに、己の力不足の隠蔽に躍起になっている。
惨めなことだ。
そして、醜悪なことだ。

有態で勝負する潔い大人の姿を、いまこそ子供達に見せなければ。
就職で迷う子供達は、時代に迷った大人達の姿そのものだ。