emiちぃの想い

emiちぃの想い

いっきに跳躍はできないから。ひとつひとつ積み重ねたい。書きとめておきたい想いなんです。

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色々振り返ろうかしらって思ったのに
全然まとまらなくって止めました。

この一年は
関係性がたくさんかわった。
信じていることと、信じこもうって思うのは違ってた。
想いを受け止めて、返してもらえるっていうのは
嬉しいことなんだなって知りました。








あと、かわって驚いたのは
知らないうちに、爪を噛まなくなってたことかな。
リーダーデビューさせてもらって思ったのは
大事だなってわかったのは
後輩につらい決断をさせないこと。
判断に迷うことはおおい。
知識と経験を頼って助言を求めているのに
自分がリスクを負うことを避けていてはだめだ。
いうだけ言って
最後には、あなたが決めなさいと突き放す。
経験を積んでいる途中の新人に対して
それはあまりに酷だ。

急変があれば取り乱すのが普通だし
心臓が止まれば泣き出してしまって当然のことなんだと思う。
そういうながで、特に、一年生なんかは存在しているだけで精一杯だろう。
実際、私もそうだった。
今でもそうだもん。

突き放したところで最善の判断はできない。
保身に回って責任放棄するような人が
臨床にあって患者さんを守れるわけがない。
害を被るのはもっとも弱い立場の人だ。
異変に気がついたとき、
その違和感を見過ごさず
兆候を速やかに報告できることが何より重要。

一緒に考えて
ケアの実際をみせること。
私の憧れる先輩はそういう人達。
目標とするところはそこなんだ。

自分のことに精一杯で
周りをみることもできていない私だけど。そうなりたい。

来年度は、通っている勉強会の他に新しくゼミへも参加させてもらえそうなので、今年以上に勉強に追われると思う。
やってけるかな。
なんとかなる。
為せば成る精神で、来年を迎えよう。
おじさんのことが好きではなかった。

ドクターストップがでているなかでも、たくさんタバコ吸いながら無理をする人だった。
そして、とうとう心臓が限界を迎えたのでした。
あまりに突然のことでした。ひとしきり皆悲しんでいるなかで、お父さんだけは泣きませんでした。
お父さんの耳が聴こえなくなったのは、その数週間後。
いち早く異変に気がついたのはやはり母で、拒否的な父を半ば強引に病院へ連れて行ったそうです。
初期治療が早かったために聴力は回復しましたが、聴こえずらさは未だに残っています。




実質、家長として戦後の荒波のなか家族を引っ張ってきたお父さん。
おじさんとの間に、いったいどんな約束があったのだろう。
悲しいのは私の比ではなかった。


可愛がってもらった記憶だってちゃんとあるのに。
お父さんのこと考えたら、どうしても胸にくるものがある。
自己犠牲は決して美徳ではないと、はじめて実感した。

「時計の針は元には戻らない。だが、自らの手で進めることは出来る。」
限られた時間であるならば、自ら早送りするようなことはしてほしくなかった。自分の身体は自分だけのものじゃない。
考えると胸が軋む。別れは突然やってくる。
そうまでして貫きたかった何かがあったのだろうと、思うのに。思うのに。

何故、どうして、どうしていれば、
こんなはずじゃなかった、わからない
慟哭にはならなくとも、残される側の背中にはたくさん降りかかる。涙なんて見たことなかったのに。

悲しいことが連鎖する。
優しさからくるものならば、こんなに悲しいことはない。






やまない雪をみていたら、ずいぶん前のことが思い出されてもやもやしてしまいました。
このあいだお父さんにこんなことを言われた。



「何処で何をしていても、おまえ自身が落ち着いているのならかまわない」と。


なんだかじーんとしてないてしまった。
迷惑かけてもいいから、心配掛けるなと。
家族なんだから、迷惑じゃないって。

結局わたしにできることなんて。
毎日しっかりやって、元気な顔をみてもらうこと。
単純にそういうことなんだろうな。
私自身が自身を大事にすること、自分らしくいくこと。
つぶれないよ。大丈夫。


為せば成る。しっかり食べて、ゆっくり眠って。
SOSを出せる人はここにいる。
信じる力はあなたがくれる。
一人ではつらいから。
大事にしていこう。


昇圧剤のアンプルはとても小さい。
自分がもたついたら目の前の人が死ぬかもしれない。
シリンジでその薬を引く、それだけの行為なのに、どうしてこんなに引きにくいんだろうって
その時初めて自分の手がふるえていることに気がついた。3年目の夏。
ショックをうけたのもずいぶん前のことな気がします。


「ふるえない人はいないよ。」


夜勤の明けでした。10年目の先輩がぽつりと話してくれたのでした。
何年たっても、その瞬間に手がふるえなかったことはないと、自分ではそんなつもりはないのに
手をみるとこんなにもふるえて、シリンジが引けないのだと。
せつせつと、自分が経験してきたことをそのままに話してくれる。
後輩の自分にとっては、本当にありがたいことです。
ふだんあんなに仕事ができて、おちついているのに、それでも一瞬の判断をせまられるその時は
手がふるえる。そんな状況下でみんな頑張っているんだと。
私は今日のその言葉に、とても救われた思いがしたのでした。



3年か。もう3年です。どうやって働いてきたのか過ぎてしまえば夢のようでした。
忘れられない経験をたくさんさせてもらった。
思えば、こんなに他人の一大事に、そのいったんを担える場面なんて、そうそうないんでしょうね。



「人はみんな入口の仕事をしたがる。
けれど、あなたは出口に関わる仕事をしているんだよ。」




いつだったか、母がくれた言葉です。
人の最後。最後に関わる重要な決定について関わるということ。この言葉の本当の意味は、まだ私にはわかりません。
けれど、これからの一歩一歩。ここからのひとつひとつ。心を揺さぶるだろう関わり、その実際から、ひとつでもおおくを受け取って行けたなら。いつか、見えてくるのではないでしょうか。
理想はあくまで理想です。臨床は甘くない。けれど、できなくても、その方向へ向かう姿勢できること。そうでないと、目の前の人に申し訳が立たない。重たい言葉だった。

1年目、なにもできない。自分が健康でないと、人はケアできないとわかった。Nsが家族のように悲しんでは、看護はできないと思い知った。
2年目、同じおおきさでそれぞれに違った苦労をかかえている同期のありがたさ。
同時に、同僚をケアできるという人は本物だと実感した。
そんな姿をみせてくれる先輩。自分も、チームの1人として自分の役割をみつけないとと思った。本当のところは時間をかけないとわかりません。



3年目、とにかく板挟み。
でも少しは自信がついてきたかな?という今です。


人が人の命にかかわるというのがどういうことなのか。未だにわからないことだらけです。
わかったはずなのに、わかったようなつもりでいるだけだったり、そういうことの方が多い。



よく自分のことを見失いながら、うだうだしちゃってますけど
まがったら、ばこってたたいてくれる同期、先輩。
わかってくれる人。いてくれる人。
支えになっている人がいてくれる。
そのことが、とても嬉しいな。大事にしていきたいの。

手はふるえる。
みんなふるえながら、生きてる。






数年前に父方の叔父が亡くなった。
父は私たちの前では涙みせなかったけれど、直後に突発性難聴を発症してしまった。大事にいたらなくて幸いだったけれど。

辛かったんだろうなお父さんは。


多くは語らないけれど。たくさんたくさん、背負ってきた人であると知っている。
自分にもたらされた幸福が、一体誰の努力によるものだったのか。
思えばきっと、前向きになれるの。



人が人を思う時。
気持ちは暖かく、でもやはり切ない。
大事に思えば思うほど、今がずっとつづかないことを私たちは知っているから、今を愛おしむ。
どうしようもない別れを知っている。有難うもごめんなさいも言えなくて、もうこの世のどこにもいないことを、今更ながら思い知る。


大好きな人、ちゃんと大事にしたいね。



虹がでました。
午後、部屋をまわっていると、虹がててるよ!と声が聞こえてきましだ。
見ると詰所の隣の窓の外に、見事な虹がでていました!

その日の午後も忙しかったけれど、素敵なものをみて気持ちが晴れた。

虹をみて笑顔になる人。この虹をみて欲しいと、大事な家族を窓際まで連れてくる人。虹はよく見えなくとも、家族が自分を思っていることを感じて、笑顔を見せてくれた人。虹にも気がつかないでなかで、ひたすら業務に追われる人。
様々な人のあり様が切り取られていました。
同じ時間なのに、まるで違う時を過ごしている。
様々な人のあり様が、ごった煮でめまぐるしく動いているのが臨床なんだなぁ…と。しみじみ考えてしまいました。

かたちは色々だと思いますけど、同じ場所にいて、同じものをみるって大事なことなんじゃないかな。
自分が綺麗だと思ったものは、大好きな人にもみてほしくなる。
それで良いのよ。
photo:01



弓道では、弓を引き発射に至るまでの時間を、会
矢を放つ動作を、離れ といいます。
会うものは必ず離れる、会者定離ということばからきていると、高校の時の弓道部でおそわりました。
出会いと別れは一つのものなんですよね。最近この言葉をかみしめています。というのも、先日三年半付き合った人とお別れしました。長いなぁとは思いますが、人間関係というのは難しいものなんだなと身をもって思い知りました。

誰しも自分の愛情と信頼をいちど踏みにじられると、とても臆病になってしまうものなんじゃないかな。それが本気であればあるほど、傷つくのがこわくなる。でも、お互いの人間性で乗り越えられなかったなら、それは仕方のないことなんだろうな。

幸い私には、まわりに理解してくれる家族、友人、仲間がいてくれて、申し訳ないくらい暖かく接してくれています。だから、前向きに考えることができる。優しさをもらった分、私もその気持ちに報いることのできる人間でありたい。強くありたいと思うのです。

まぁ、私けっこう短気なので、すぐおこったりイライラしたりしちゃうんですけどね…!

離れたり、近いたり、人の動きは日々かわって行きます。
さて、最初の弓道の話しにもどりますが…
会、離れのあと残された姿勢を残身(心)といいます。
離れたあとも残るもの、決して無にはならない、残されたものがある。それが残心。
こらからもたくさんの出会いと別れを繰り返していくのなら、私の心に残るもの、私が残すであろう何か、それが暖かなものでありますように。優しい絆になりますように。
大好きな人たちが私に残してくれてるものは、これからもつながって行くはずだから。





もう7月、一年も半分過ぎて行ってしまいました。
この半年、色々なことがありましたが、私いっぽいっぽ進むことができてるのかな。

超急性期病院に努めているのですが、
もう3年も経ったのかと思うと本当にびっくりです。
3年目のイベントとして一番おおきかったのが、プリセプターを任されたことでしょうか。
1年生の指導係で、技術的なことを教えるというよりも精神的にサポートしていくことが役割らしいです。


1年生は本当に可愛い!
数か月前まで学生さんだったからフレッシュですね。
一生懸命やってくれています。
周りを客観的にみて、今自分ができることをする。それが、自然とできる子なんですよね。
なかなかできないことです。
そういった直向きさは、Ptにも伝わってるんだろうなって見ていて思います。



なんというか、一人の人間として相手の前に立つという事は、とても難しいことなんじゃないかと
私は思うのです。

私自身、1年目はすべてがはじめてて毎日くたくたでしたし
精神的にもかなりやられました。
そういったなかでも、
Ptの前でケアを実践していかなければならないのですから
自分がここにいることが申し訳なくて、つらくて。
でも、そういうのって、取り繕っちゃいけないんですよね。

せのびしたって、自分の未熟さを誤魔化しては、そんなの相手には絶対伝わるんです。
自分を取り繕っている人に、本音なんて言いたくないもの。


自分が未熟であることを十分認めたうえで、それでも
相手の前から逃げずにそこに存在するということ。
重要なことなんだと思います。
うまくいかなかくて、いかなくて。


忙しさに追われて、しらずしらずのうちに
大事なこと置き忘れてきてないかなって、これまでの自分を振り返って考え込んでしまう。
やらなきゃいけないことがあると、涙が引っ込んでしまう。
いつのまに、自分はこんなつめたい人間になってしまったんだろうって。

心って難しいな。
でも、きっと私はなんだかんだいって、今の仕事が好きなんだと思う。
私にもできること、もっと前に進んでいけたらいいな。




1年生ちゃんもぼちぼち見学夜勤に入る頃なので、
ちゃんとサポートしていけるよう、頑張らないといけませんね!
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