父の病室で父の肩揉みをした時のことが思い出され、いろいろ頭の中の記憶を探していた。


自分の力だけでは立ったり座ったり出来なくなって‥

それでも肩揉みの時はしっかり座ってくれてたキラキラ


父は肩が凝るというか詰まっているような感じがするから揉んでくれと病院に行くと1時間ごとに言っていて肩を揉んだ。


起こすのも一苦労だけどそれでも肩揉みの時は一度起き上がり座ると両手でベッドの所を持ちながら肩揉みさせてくれたキラキラ



その肩もだんだん痩せて骨を感じるようになってしまったけれど‥。



私はどこかで父は余命宣告されたって大丈夫だと思っていて脳出血も脳梗塞2回もしても何の後遺症もなく乗り越えたのだから癌だって何だって乗り越えてくれると思ったんだ。


大腸がんの手術の後、どのくらいの期間がたったか詳しく覚えていないけれど担当医から呼び出しがあり腎臓の数値がとても悪くて透析しないと1週間以内に亡くなる可能性が高いと言われ透析することになったけれど、しばらくして父が暴れて透析の管を抜いてしまった、その時の出血が大量だったのと先生からまた管をつけるというとそれ自体が命取りになりそのまま亡くなるかもしれないからもう管を刺すことは出来ないと言われた。

いつ亡くなってもおかしくないというようなことを言われたけれどそれからも父は頑張った。


父は日曜日でも家でゆっくりする人では無かったからきっとずっと病院にいなければいけない状態がかなりのストレスだったと思う。


こんなところにいたら治るものも治らない、家に帰りたいと言ったショボーン今になってみると家に帰ってストレスが無くなれば治っていたかもなんて思ったりする。

今となってはそれも試すこともできない。





だんだんと寝る時間が増え、喋る言葉も減り‥それでも呂律が回らなくても何となく言いたいことは分かった。



そんな状態でもまだ私は父は大丈夫!そのまま何事もなかったかのような日々がまた戻ってくる‥なんて考えてた。


別れは突然だった。


でも私が病院に着くまで頑張ってくれたね。

今まで生きていた父が突然、命の灯が消えた。



ずっと味方でいてくれて本当に心から優しくて知らない人にも困っていたら助け親切にして献血で表彰され殺処分の対象だった子をたくさん救って家の子にして‥瀕死の状態の仔猫ちゃんを病院へ連れていき、たった1日しか生きられなかった子もいたけどその子も最後の瞬間、愛情を受け取ってくれたと思う。


だから私はいろいろあってもこんなに優しくて素晴らしいお父さんの子供に生まれて幸せだよキラキラ

生きているときになんでもっと気づいてあげられなかったんだろう‥て失ってから気付く‥


でも気付けたから私は今は人間的のまだまだだけどお父さんのように誰に対しても優しく、困っていたら手を差し伸べられるようにお父さんのように生きたいと思う。




毎日、仏壇に手を合わせるとき必ず

『私のお父さんになってくれてありがとう』と言うキラキラ


そして私は頭の中でお父さんの優しい声をずっーっとこれからも覚えているよ照れ