先月19日(日)ふと思い立ち、寒川の『菅谷神社』に
行ってきました
この日はすごーく暑くて、外に出たら日差しが
ギラギラとしていました![]()
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私の家からも、職場からも近くて
職場は祭りの時のお神輿の立ち寄り所として
寄ってもらっています
その事もあり、みんなが持っていた木札が氣になり
少し調べてみました
(神奈川県神社庁さん、他参照)
『創建の年代詳かではないが天保年間編纂の新編相模風土記に「神明宮当村(岡田村)及小谷・大蔵三村の鎮守とする云々」とあり、往古より天照大神を奉斎して神明宮(通称天の宮[てんのみや])と称えられたことが記されています。当地区は相模國一之宮寒川神社に隣接する古代より開けたところで当神社を中心に塔の塚、応神天皇を祀るといわれる応神塚等の古墳が点在し、出土品によれば古代社会が営なまれていたことが推測され、これらの中心をなすところに当神社が位置しています。神明宮と称えられた当神社は明治四年二月一日村社に列せられ、明治42年7月23日には村内各所に鎮座する東守(とうす)権現社、八坂神社、山王社(以上無格社岡田村)稲荷社(村社小谷村)諏訪神社(無格社大蔵村)の5社を合祀して社号を菅谷神社と改称しています。昭和33年には合祀五十周年記念大祭斎行、平成二年には合祀八十周年記念事業が完遂して居ります。当神社の神輿は、天保9年(1838)5月國府祭(大磯神揃山)に渡御された寒川神社の神輿がその帰路相模川の増水により流失し、南湖の浜に引き上げられたという神輿(湖南地方随一の祭典浜降祭のルーツとも一説に伝わる)で、天保10年寒川神社との神縁により譲渡され修復したものであります。この神輿は、全国にも類をみない程雄壮・華麗なものでありますが長年の奉仕により近年傷みがひどく現在は御殿に奉安され、昭和54年12月15日付「天保神輿」として寒川町重要文化財に指定されています。尚今日の神幸祭、浜降祭の渡御は昭和53年6月氏子崇敬者各位の多額の浄財によって調製された神輿で斎行されて居ります。御祭神 天照大神 建御名方命 大山咋命 倉稲魂命 天忍穂耳命 素盞鳴命 御神徳 昔より岡田・小谷・大蔵地区の産土神社として厚く信仰され、御神徳は広大無辺であります。家門繁栄 商売繁昌 交通安全 開運 勝運 厄難消除 病気平癒 学業成就 宝物 神輿(寒川町重要文化財)壱基 古文書(天保神輿譲渡證文)壱巻 古地図(古の氏子区域図)壱面 祭典 1月1日 歳旦祭 年の始めにあたって皇室の安泰と氏子崇敬者の繁栄を祈る祭儀。1月14日 古神符及しめ飾焼納祭 古神符守札、しめ飾等を古式に則りお焚上げする小正月神事。7月第1日曜日 神幸祭 菅谷大神が神輿に遷座し氏子区域内を隈なく渡御される神事。7月14日 例大祭 1年中で最重要な祭儀。7月15日 浜降祭 茅ケ崎南湖の浜に渡御し「暁の祭典」を執行する。当社の神輿が寒川神社の前駆として往還供奉する吉例である。11月中 七五三祝祭 3才(髪置の祝、男女)5才(袴着の祝、男)7才(帯解の祝、女)児の健かな成育を願う神事。12月28日 師走大祓 一年間の様々の罪穢を祓い清め々しい新年を迎える為の神事。月次祭 毎月1日・15日厳修 氏子崇敬者の平安と繁栄を祈る祭儀。』
と言うことで、凄いなぁと思ったのは
菅谷神社の神輿は
『寒川神社』の神輿が譲渡されたものだった![]()
という事と、茅ヶ崎海岸の『浜降祭』のルーツに
なっていたということ![]()
よくやるんです私…
よく調べないで思い込んでること![]()
調べたらその通り、20日が浜降祭で
その日はその準備をしていたらしいんです
思いつきで行動し、よくよく調べると
へ〜!ってなることあるんですよ![]()
と言うことで、この日は行ってみたかったもう一つ
の場所『日本一たい焼き』にも行きました![]()
前々から氣になっていて、近いのに行けない場所
そこにも行けました!!
私が行った日は4種類
あずき、白あん、安納芋、カスタード
とっても美味しかったです✨
しっとりとしたたい焼きを想像していたけど
サクッと皮がしていて、中身は濃厚な甘みのあんこ
私好みでした![]()
私の一番の推しは、やっぱりあんこかなぁ❤️
4種類全部買って
しっかり全部一人で食べちゃいました![]()
美味しかった![]()
今度は子供や孫にも食べさせたいな![]()









