小さかった私の「願い」に気づいた日
結婚してからずっと、主人と義母の関係にモヤモヤしていました。いい年をしてやたら頻繁に母親と連絡を取る旦那と家庭を持った息子をいつまでも頼りにし、当然のように、しょっちゅう連絡してくる義母。私には、その関係がどうしても理解できませんでした。依存してると思いました。お互いに。親子共々、自立できていないと。軽蔑すらしてました。義母は私にも連絡してきたりしますが、たいてい無視です。無理っす少し気を許すと、どんどんこちらに入ってくる。干渉される。「私に構うな」心の声が叫びます・・古い価値観を、自覚なく披露する。できれば関わりたくない。これ以上、私たちの家庭に入ってきてほしくない。それが、正直な気持ちでした。けれど、自分の気持ちに向き合っていくうち、少しずつ違うものが見えてきました。私は義母に腹を立てているだけではなかった。主人にも、「結婚したんだから自分の家庭を第一にしてほしい!!」「お母さんより私を大事にしてほしい!!」もっと正直に言えば、「私だけを大事にしてほしい」と思っていたのです。主人を自分の思うようにしたかった。コントロールしたかった。そんな自分に はたと気付き。でも、さらにその奥を見ていくと、そこにはまったく違う私がいました。怒っている私でも、嫉妬している私でもなく、ずっと安心できる場所を探していた、小さな私でした。私が本当に羨ましかったもの私と親との関係は、主人と義母の関係とは正反対でした。子どもの頃から、家庭は私にとって心から安心できる場所ではありませんでした。大事にされた、愛された、守られた。そんな実感を十分に持つことができないまま、大人になりました。いつもどこかに孤独感がありました。「どこかに所属したい」そう思う一方で、「私はどこにも属していない」そんな感覚がずっとありました。誰かに一緒にいてほしかった。「大丈夫だよ」と言ってほしかった。安心したかった。大人になってからも、その感覚は私の中に残っていました。人との関係の中で、「こんな私でも受け入れてくれる?」と、相手を試すようなことをしていた時期もありました。今になって思えば、「それでも私を嫌いにならない?」「それでも一緒にいてくれる?」「私を置いていかない?」と確かめたかったのかもしれません。母が病気で亡くなったとき、悲しみではなく、正直「やれやれ・・」と思った自分もいました。私の中では、親という存在が「安心」や「帰る場所」と結びついていなかったのだと思います。だからこそ。主人と義母の関係を見ることが、私には苦しかった。主人がお母さんのことを自然に気にかける。自分から連絡をする。お母さんの話をする。大切にしていることが、見ているだけで伝わってくる。そのたびに私はイライラしていましたでも、、ふと思いました。私は、この二人が羨ましかったんだ。私も、こんな親子になりたかった。こんなふうに親を大切に思ってみたかった。そして何より、こんなふうに、安心して誰かとつながっていたかった。「安心させてほしかった」小さかった私が、母親に何をしてほしかったんだろうかと考えてみた時出てきた言葉は、とてもシンプル。安心させてほしかった。ただ、それだけ。ここにいていい。あなたは大切な存在だよ。何があっても、あなたの味方だよ。大丈夫。一人じゃないよ。そんな安心が欲しかった。これは「願い」というより、「祈り」に近いものだったのかもしれません。小さな私はずっと心の奥で、「誰か、私を安心させて」と祈り続けていたのかもしれません。でも、その声に私は長い間気づきませんでした。寂しさは怒りになり、不安は嫉妬になり、「私を選んで」という願いは、相手をコントロールしたい気持ちになって現れていた。義母に対する拒絶の奥にも、主人に「もっと私だけを見て!」と思う気持ちの奥にも、ずっと小さな私がいました。やっと手に入れた「私の家庭」私にとって今の家庭は、やっと手に入れることのできた「居場所」でした。主人は私を愛してくれています。それは私自身、心底感じています。今の家庭にも、安心を感じています。だからこそ私は、この場所を失いたくなかったのだと思います。ようやく手に入れた、「私はここにいていい」と思える場所。そこに義母が近づいてくる。少し心を許すと、どんどん干渉してくるように感じる。主人も義母をとても大切にしている。そんな場面に触れるたび、私の身体には「キュッ」と力が入っていました。まるで小さな私が、「ここも完全には私の居場所じゃないの?」「やっと見つけたのに、また誰かに入ってこられるの?」と言っているかのように。だから義母を、どこか「敵」のように感じていたのかもしれません。私の居場所を脅かす人。主人を私から奪うかもしれない人。だから排除したくなる。距離を取りたくなる。主人にも、義母との関わり方を変えてほしくなる。そんな私の存在が見えた時、やっと理解してくれたと小さな私が「ホッとした」ように感じたのを覚えています。義母の存在は、私から何かを奪うために現れたのではなく、結果として、私の中にずっと残っていた「叶わなかった願い」に気づかせてくれた。そんな見方もできるようになりました。小さな私にかけた言葉心の中に、小さかった頃の私を思い浮かべる。今の私なら何と言ってあげたいか、考えてみる。「もう大丈夫だよ」「よく頑張ったね、安心していいよ」そう伝えたとき、小さな私はホッとして安心した表情を見せていました。そして私の腕にしがみついて、きっと離れない。そんな姿が浮かびました。体全体で、「やっと安心できた」そう言っているようでした。その姿を想像したとき、私はずっと、この安心が欲しかったんだ、と。誰かに与えてもらうことばかり考えていた安心を、今の私は、小さな自分に渡すことができる。主人が誰を大切にしていても、義母がどんな人であっても、私は私を見捨てない。何があっても、私は私の味方でいる。そう思えるようになった時、「安心」という感覚がさらに近くに感じた気がしました。私が本当に欲しかった家庭私は、どんな家庭をつくりたかったのか。浮かんできたのは、穏やかで、平和な場所。誰もジャッジされず、力を抜いて過ごせる。みんながそれぞれを尊重し、必要なときには自然に手を差し伸べる。安心していられる、本当の居場所。揺るぎなく、ありのままの自分を受け止めてもらえる場所。私にとって家庭とは、「魂の休息ができる場所」であってほしかったのです。ただ、「何でも受け入れられる家庭」というのは誰かの干渉を我慢することではないとも思います。嫌だと思ってもいい。嫉妬してもいい。距離を取りたい相手がいてもいい。怒りが出る日があってもいい。それさえもジャッジせず、「そう感じているんだね」と受け止められる。そして、お互いの違いや境界線も尊重できる。そんな場所こそ、私の求めている「安心できる家庭」なのかもしれません。義母の話で「キュッ」となったらこれからも主人は、きっと義母の話をするでしょう。義母からメールが届くこともあるでしょう。そして私は、また「キュッ」となるかもしれません。でも、以前とは少し違う目で見られそうです。「私も、あんな親子関係が欲しかったんだね」「安心したかったんだね」そうやって、一歩離れたところから自分を見てみる。そして心の中で、「大丈夫だよ。私はもう、大丈夫な場所にいるよ」と言ってあげる。義母を好きになろうと無理をする必要もない。主人と義母の関係を理解しようと頑張らなくてもいい。まずは、自分の中にいる小さな私を置き去りにしない。満たされなかった思いに、もう蓋をしない。嫉妬の奥には、「願い」があった嫉妬する自分。人をコントロールしたくなる自分。誰かを嫌う自分。そんな自分を見るとつい、「私は心が狭い」「大人になれていない」と、自分を責めてしまいます。でも、その感情のもう一つ奥には、まだ言葉になっていない「願い」が隠れていることがあるのかもしれません。私の場合は、「私だけを大切にしてほしい」という願いのさらに奥に、「安心したい」がありました。「義母に入ってきてほしくない」の奥には、「やっと見つけた私の居場所を守りたい」がありました。そして嫉妬の奥には、「私も、あんなふうに安心して愛されたかった」という、小さな私の祈りがありました。それに気づいたからといって、義母に対する気持ちがすべて消えたわけではありません。これからも嫌だと思うことはあるでしょう。でも、キュッと身体に力が入ったとき、その感情に飲み込まれるだけではなく、「これは何を教えてくれているんだろう」と、自分を見つめられる気がします。そしてそのたびに、私自身に伝えたいのは大丈夫だよ。ここがあなたの居場所だよ。私はずっと、あなたの味方だよ。もしかすると私はずっと、誰かからこの言葉をもらえる日を待っていたのかもしれません。でも今、その言葉を私自身が、私に渡すことができる。小さかった私の願いに気づいた日。それは同時に、これからは私自身が、私の安心できる居場所をつくっていく。そう決めた日でもありました