霧の一夜 2 | えみゆきのブログ

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涼風真世さんのファンです。
パロディ小説を書いています

フランク編

 

フランクは、外の物音に気付いた。車が何台も表門から出て行く音だ。

 仮面舞踏会が終ったのか?―思わず管理人小屋の時計を見る。

 こんな早い時間に?

 今までにないことだ。レベッカの時には。

 それに、車で帰るお客様は2,3台でたいていの客は、美しいマンダレイに泊まりたがる。この音ではほとんどの客は帰ってしまったようだ。

 今までにないことだ。レベッカの時には。

 

 何事か起きたにちがいない。

 

フランクは、社交的イベント開催の時には近づかないようにしている屋敷に入っていった。読みたかった本も取りに行ける。図書室は客の滞在中は、就寝前のサロンになるので、諦めていたのだ。

 

屋敷の中は、後片付けが進んでいた。静かに黙々と暗い顔で。以前は楽しかった舞踊会の余韻で、召使いたちも笑顔で仕事をしていたのに。

 今までにないことだ。レベッカの時には。

 

階段の中ほど、レベッカの肖像画の下でミセス・ダンヴァースが、広間を見渡していた。彼女の無言の指示は、大きな声での命令より、有効だ。

この異様な状況にも彼女は、平然としている。いつもと同じように。

ミセス・ダンヴァースは彼女の計画をやりとげたのにちがいない。たぶん、恐ろしい計画を。

 

彼女を見つめていたら、一瞬、目が合った。

フランクは会釈をすると、あわてて図書室に向かった。

ミセス・ダンヴァースの目に、悲しみの色があったような気がして、フランクの心にもせつなさがなだれ込んできたから。

 

図書室には、やはり誰もいなかった。ドアの横のテーブルに置かれた種々のボトルやグラスが、ほとんど手付かずのままにある。

 

探していた本を手に取ったフランクは、目の隅で何かが動いたのに気付いた。

 ソファーの上の大きな派手なぬいぐるみが、もぞもそしているぞ!いや、こんなぬいぐるみなんて、あったかな?

ぬいぐるみは起き上がると、フランクをみつけて口をきいた。

 

「あら、いい男ね。マキシムのお友達?」

 

厚化粧でも顔が赤いのがわかる。目も焦点が定かではない。

酔っているこの貴婦人は、最後に招待状を送ったヴァン・ホッパー夫人に違いない。

「…はっ、一応、彼からはそう言われておりますが。」

ヴァン・ホッパー夫人は近づいてきた。

「独身なの?」

フランクがうなずくと、彼をソファーに座らせ、ウィスキーをなみなみにした、タンブラーを渡した。

彼の横に腰を下ろし、ヴァン・ホッパー夫人はおしゃべりを始める。大きな胸を押し付けながら。

「わかっていたのよ、私。あの子じゃミセス・ド・ウィンターはつとまらないって。寄りにもよってレベッカと同じ衣装なんて!」

 

ヴァン・ホッパー夫人によって、フランクは今晩の出来事を知った。

すべてはミセス・ダンヴァースの思惑だ。でも、彼は怒りより、憐れみをミセス・ダンヴァースに覚える。そんな自分の感情が不思議だった。ミセス・ダンヴァースは新しいミセス・ド・ウィンターに恥をかかせ、レベッカとの違いを見せつけることに成功したのだ。憐れみなど、お門違いなのだが…。

 

「だから、だめなのよ。ああいう階級は、下品で卑屈で考えがないんだもの。モンテカルロで、たらしこむのはうまいけれどね。ねえ、あんた…お名前は?」

フランクは立ち上がり、自己紹介をした。

「当家の管理人、フランク・クロウリーと申します。ああいう階級のものです。」

「まぁっ!」

ヴァン・ホッパー夫人は、たちまち軽蔑の表情になるとフラフラしながら図書室を出ていった。

上流階級でなくてよかったと、フランクはしみじみ思いながら、彼女を見送った。

 

一人きりになった部屋に波音が響く。

「レベッカ!レベッカ!」と。その音が、ミセス・ダンヴァースの悲痛な呼び声に聞こえてくる。先ほど見た悲しみの目を思い出す。

 

何かが起こりそうな不気味な夜だ。

この本を読むのにはふさわしい。

『バンパィアの秘密』を持ち、彼は顔をほころばせ、ベッドへと急いだ。

 

 

クラリス編 

 

クラリスは泣いていた。

地下の使用人用の食堂で、みんなに慰められていた。

「奥様が可哀そう。」

「そうだね、同じ姿にしたらレベッカ様にかなわないもの。」

「そんなことない、奥様はきれいだったでしょう!」

「あんたは、会ったことがないからね。きれいのレベルが違うよ。」

「…そんなぁ~。」

クラリスは、また泣く。誰かが、シュガービスケットをくれた。

 

「あんなに優しい方はいないわ。」

口をもぐもぐさせながら、クラリスは反論する。

「優しいというより、おどおどしてるんだよね。だから、こっちは動きにくいんだよ。レベッカ様は、はっきりしていて楽だったよ。」

「…そんなぁ~」

クラリスは、また泣く。誰かが、バターケーキをくれた。

 

「奥様がどんなに旦那様につくしているか!」

「でも、今晩のことで台無しさ。いい歳をして、若いだけの娘を貰ったおじさんと思われたよ。レベッカ様は、ここの評判を上げてくれて、私たちもマンダレイの召使いということに誇りをもてたもんだけど。あの奥様にマンダレイは無理だ。こじんまりとしたとこで暮らす方がいいよ。」

「…そんなぁ~」

クラリスは、自分で手当たり次第、食べ物を口に運ぶ。もう、やけ食いだ!

 

奥様の仮面舞踏会なのに、なんでレベッカの話ばかりするの!

 

「でも、レベッカ様は、男関係は色々あったからね。」

「あれだけ、きれいで口もうまいと、ちょっと色目を使うだけで、男は目じりを下げるものだわ。」

「振り回される紳士たちが、お気の毒!」

厨房の料理人とメイドたちの話は、露骨になってきた。

クラリスは泣き止み、彼女たちの会話に聞き入っていた。

 

「明日の朝食の、お客様は5人です。そのうち一人は、お昼近くになるとミセス・ダンヴァースがおっしゃっていました。」

いつのまにかミセス・ラザフォードが、食堂に来ていた。

「ヴァン・ホッパー夫人が遅いんですね。」

「ええ、クラリス。」

 

返事をするとミセス・ラザフォードは、あたりを見回した。おしゃべりな使用人たちは、一斉に下を向く。

 

きっと、こんな恥ずかしい噂話を叱るわと、クラリスは期待する。

 私の奥様はそんなことはしないから、下品なことは言われない。レベッカより、ずっといい人なんだから。

 

「私は、紳士たちも時には女性に振り回されるべきと思います。捨てられた殿方を見るのは胸がすく、思いでした。」

 

あっけに取られた召使いたちを残し、ミセス・ラザフォードは去っていった。

「…そんなぁ~」

クラリスの涙は復活した。

いったい、ミセス・ラザフォードにどんな男に対する恨みがあるのだろうと、若いクラリスは泣きながら、食べながら思った。