突然のティボルトの帰郷のことを夫は知っていた。
この春、イギリスの高校を卒業する彼を夫はなんとかイタリアに戻そうと電話をかけていたそうだ。
「でも、母が行かせてくれなかったんです。ヴェローナの町は恐ろしいと言って。そのママが再婚することになり、僕の行先を僕の選択にまかしてくれました」
ティボルトはトリノの大学に進学することにしたという。
「キャピレットの商売を継いでもらうんだ。どうせ勉強するならイタリアがいいだろう」
夫は上機嫌だ。
ジュリエットも喜んだ。共に兄弟のいないティボルトとジュリエットは兄と妹のようにすぐ仲良くなった。
私も嬉しかった。親戚に気の合う人はいない。でも彼なら幼い時から仲良しだ。それにジュリエットにもよい。いつも大人とばかりすごしているから、少しでも歳が近いティボルトが館にいてくれるのは嬉しい。
ティボルトは夏休みを彼の母のもとですごし、入学前の一週間を我が家で送った後、休みの時に帰ってきますと言って、秋に大学の寮に行ってしまった。
それから月に、1、2回、週末、ヴェローナに戻ってくるようになった。
彼は跡取りだ。一族のものから注目され、中でも若者たちからは自分たちのリーダーとしてまつりあげられた。
ティボルトには夫にない人を統率する力がある。
でも、それが私を心配させた。
義兄の死後、沈静化していたモンタギューの若者グループとのいざこざが多くなってきたのだ。
その中心に彼はいた。ティボルトは忘れていなかった。自分の父の死の恨みを。
私は恐ろしさを感じ、長期の休みはイギリスに戻した。イギリスから帰ってくると彼の表情は穏やかになっていた。
でも、この街で過ごすうちに険しい目に戻るのはどうしようもなかった。
ただ、ジュリエットの前では穏やかな兄になる。
一緒に遊んだり、ちょっと厳しく勉強を教えたり。そんなふたりの姿はわたしをほっとさせた。
そんなふうに時はすぎ、ティボルトは大学を卒業し、キャピレットの事業に加わった。
彼は張り切っていた。
夕食のテーブルには彼が住むようになってから、ジュリエットも加わった。彼女は13歳。日ごとに美しくなっていく。
そして、どことなくティボルトに似てきた。
いや、彼女の父の面影が少しずつ出てきたのだ。
エドは美しい人だもの。
彼の血をひく二人を眺めながら食事をするのは楽しかった。エドも席についているように思えるのだ。
夫も時に夕食を共にした。初めは、甥との関係は和やかにみえたのだが、ティボルトが加わって半年が過ぎる頃、二人はあまり話さなくなった。
ある夜、私たちが晩餐会から帰ってきたときだった。
ティボルトが玄関の間で待ち構えていた。
「おじさん、今日はどうしてもお話したいのですが」
夫は甥に背を向ける。
「仕事のことか。明日、事務所でいいだろう。せっかく気持ちよく帰ってきたのに」
「ですが、事務所でも『忙しい』と言って・・・」
ティボルトの必死さがわかる。
「わかった、わかった」
夫はティボルトを連れて、書斎に消えた。
ただならぬティボルトの気配に、私は二人が気になって書斎の様子をうかがっていた。
二人が入って30分後にドアが大きな音を立てたのを聞いたので、話し合いはうまくいかなかったらしい。
ティボルトが興奮してつぶやきながら、廊下を歩いていく。
居間のドアを大きく開けていた私にも彼の声は聞こえた。
「このままじゃ、モンタギューに負けてばかりじゃないか」
商売の上でも両家はライバルだ。義兄が生きていたころ、キャピレット家はこの街ばかりか北イタリアを席巻していたが、夫の代になってからは、押され気味らしい。
何かにつけ、モンタギューを目の敵にするティボルトが心配になる。
何かで彼の心に火がついたら、燃え盛るばかりだろう。その先は死・・・。
夫に様子を聞いても「大丈夫だ」しか言ってくれない。心配していたが、翌朝、食堂に行くとティボルトの笑い声が聞こえてきた。
ジュリエットと二人、話しながら席についた。
よかったわ。この子は人を幸せな気分にさせる。続く