ジュリエットの母37 | えみゆきのブログ

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涼風真世さんのファンです。
パロディ小説を書いています

だが、私が初めてジュリエットを抱いたとき、彼女は泣いて嫌がった。

「あらあら、ジュリエット様。困ったちゃんですね」

乳母が私から、赤ちゃんを奪った。




「しかたがないだろう。おまえはずっとベッドにいたのだから。ジュリエットはもう人見知りを始めたらしい。成長が早いな」

夫は私を見もしないで、そう言うと、赤ちゃんをあやし始めた。

「さあ、ママを休ませてあげよう。中庭で日向ぼっこだ」

乳母とともに3人で、出て行った。




私はショックで口がきけない。

居間に一人取り残された。いつもと同じ・・・。

いえ、向こうに女の人が座っている。



痩せ細った身体。顔色は悪く目ばかり大きい。唇と髪の毛が赤いので、尚更、その肌の色が白すぎるのが目立つ。




あっ。私は目をそむけた。壁の鏡に映った私だ。まるで幽霊のよう。





お産は重かった。祖母の勧めで、早めに大きな病院に入院していたから助かったが、生死の境を何日も彷徨った。



母と同じだ。私の家系はお産が重くなるといった祖母の言葉は当たっていたのだ。



その後も、なかなか体調は戻らず、3か月も入院するはめになった。

もちろん、その間ジュリエットには会えなかった。

病院に生まれたばかりの赤ちゃんを連れてくるのを、乳母が嫌がった。





夫はそれに賛成した。生まれた子が女の子で夫はとても嬉しがった。

跡継ぎにできないし、跡継ぎに育てなくてもいい。




私は病室で一人、食べること、歩くことと戦っていた。

赤ちゃんが待っているのだもの。傍にいてあげないといけない。

きっと、母もそうだったのだろう。生きて私を抱きたかったに違いない。



やっと、私は自分が生まれてきても良かったのだと、心から思えた。あの時、うぶ声が聞こえた時、どんなに幸せだったか。

母もそう思ってくれたと思う。私の誕生を喜んでくれたとわかる。





退院しても、ほとんどベッドの中で暮らした。

体力はなかなか回復せず、はやり風邪をこじらせてしまったのだ。



そしてやっと今日、我が子を抱いた。時々、見ることだけは許されていたが、抱いたのは初めてだった。

乳母の腕の中で機嫌よく笑っていたジュリエットは、私が抱いた途端に泣いた。乳母の方に両手を差出、身をよじって私の胸から逃げようとした。




ベッドの上で想像していた親子の抱擁とは違う。

ジュリエットは抱いたら笑うはずだった。小さな手で私の顔をなぞるはずだった。

頭ではわかっている。

私は、よく知らない他人としか彼女には認識されていない。

いや、それ以上に、私の抱き方がぎこちなかったのだ。産んだからといってすぐに、母の能力は得られない。





少しずつ少しずつ、ジュリエットの世話をしていたら母の技術を身に着けられる。そうしたら赤ちゃんも私になついてくれるだろう。



たぶん、そう・・・。





それから、できるだけ赤ちゃんと共にいた。

いつでも、乳母が側にいた。

そうでなければジュリエットが不安がる。私も同じだった。

どんなふうにあやしていいか、なぜ泣くのか、わからない。乳母が頼りだった。




それでも、ジュリエットが歩き、言葉を覚えると、私は自信が持てるようになった。

「ママ、ご本」といって絵本を持ってくる。

読むのは乳母より、私のほうが上手だ。

ピアノを弾きながら歌ってあげることもある。ジュリエットより乳母の方が本気で歌いだすことが多かったが。





私の腕の中で眠ることあり、そんな時は満ち足りた想いが全身に広がる。

なんて可愛いのでしょう。



私は、もう一人前の母親だわ。

私の寂しかった子供時代のような思いはさせまい。いや、その分までジュリエットを幸せにするのだ。





本当に自分がそう願っていると確信していた。あの日の午後まで。続く