ジェーン・スマート(イーストウィックの魔女たち)10 | えみゆきのブログ

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涼風真世さんのファンです。
パロディ小説を書いています

少し、惨めな想いになった私は、それを振り切るように大声でこどもたちに、叫んだ。

「みなさん、静かに!さっきは、良かったわ。今度は、さらにリズムに気をつけてしましょう。オットー、背中をまっすぐにして。縦笛を吹くには姿勢が大事なの。それから、そこの謎の少女、またお人形を持ってきたわね」

いつもの私に戻っていく。

この時は、これで収まったと思っていたが・・・。




昼休みが終わろうとする頃、私は校長先生に呼び出された。

怒られると思い、覚悟を決めて校長室に入っていったが、校長先生は機嫌が良かった。

「スマート先生、喜んでほしい。男爵夫人は我が校の音楽設備に多額の寄付を約束してくれたよ」

「それは・・・よかったですね」

「君のおかげだよ。先にダンスをさせて、演奏させる先生の教え方に共感したそうだ」

「恐縮です」

「おまけに、ボーダー氏も新聞社協賛の行事を増やしてくれるそうだ。とりあえず、芸術祭に予算を取ってくれることは決まった。今年は無理かとあきらめていたが」

校長先生は興奮気味だ。そして、付け足したように言った。

「それで、先生のチェロを少しの間、レノックスハウスに貸し出したよ」




「チェロ!」

驚きで、それ以上口をきけない。

「あぁ、男爵夫人が気に入ってね。弾いてみたいそうだ。ボストンから取り寄せる間、貸してほしいと・・・」

「あのチェロは、私のです。そんな無断で!」

私はやっと、口を利けた。怒りで長くは言えないが、怒っていることは校長先生には伝わったようだ。彼は私の剣幕に、身を引きながら、ボソボソ答えた。

「でも、君もそんなに怒れないだろう。授業の時、怪我をさせたんだし、変なことを言って侮辱したしたね。それに聞く所によると、先生は何回もボーダー氏に危害を加えたそうじゃないか。訴えられてもしかたがない状況なんですよ」

「・・・それは」

「スマート先生には貸しがあると、彼は言っていました。何もくれと言っている訳じゃない。少しの間じゃないか」

「・・・でも」

「なんだね。ボーダー氏は男爵夫人の願いはなんでも叶えてあげたいんだね。恋人へのプレゼントだ。すぐに最高級品を届けさせるよ。でも、愛しいひとか・・・人前で率直に言うもんだ」

校長先生はあきれたふうに言おうとしてるが、目は羨ましそう。あんな美人にみんなの前で「愛しい人」って呼ばれたいのだ男は!

「美人だからって、恋人だからって・・・」

私の大切なチェロを、素人の気まぐれに使うなんて!




その日、私は家に閉じこもって、ぼんやりしていた。チェロの練習ができないなら、他になにをすればいいの。こんな時、アレックスやスーキーがいれば、マティニーを飲んで憂さを晴らせたのに。




「ジェーン、ジェーン」

あら、スーキーの声が聞こえる。まただ。私は、ありもしないものが聞こえ、見えるんだ。だって、窓の外にアレックスまでみえるんだもの。

「ジェーン!開けな!」

えっ、本物?急いで、ドアを開けたら、二人がなだれ込んできた。




「ねえ、聞いて!」

三人はそれぞれ、叫んだ。だからうるさいだけで、ちっとも何がなんだかわからない。

「だめじゃない、一度に言っちゃ。順番によ」

アレックスがしきる。「うん、わかった」「そうするよ」

一旦は静かになるが「それでね・・・」とまた一斉に話し出す。

「だから、だめだって」とアレックスが怒鳴り・・・を何回か繰り返した後、やっと三人は互いの状況を知った。



スーキーが、なぜ帰ってきたかは、記者仲間の情報を手にいれたからだ。

「謎の人物、ミスター・ボーダーの真実の姿は・・・」

彼はシカゴのマフィアの3代目だった。だが、その性格はギャングに向かないと仲間内に思われていた。彼の19歳の誕生日に、2代目の父が急死した。

跡継ぎは当然彼だが、組織内の幹部たちは堅実な№2の地位の男を押していた。




彼は不満だった。自分でもやれる、なんとか良い所をみせなくてはとあせっていた。

そんな時、彼は一人の少女に恋をした。少女はバレリーナ。正しくは初心者だが、彼にはオデット姫に見える。

その少女が、彼に言った。「バレエ団に、大きなダイヤを飾ったティアラが来る」と。

一晩だけ、パリのバレエ団から預かるのだと。そのダイヤはマリー・アントワネットに所縁の値段もつかないものらしい。

彼は、その話に興味を持った。その夜の警備はいつもどおり、年老いた守衛がひとりだと言う。大人たちを見返すチャンスだ。

彼は組織内の若手を集めた。皆、十代の少年だが、大人に負けないと意気込んでいた。武器は一人の幹部が、用意してくれて励ましてくれた。




彼は白いスーツにトレンチコートを着こんで乗り込んだ。手引きは少女がしてくれた。

最初はうまくいくと思った。眼鏡をかけたバレエの先生は腰を抜かし動かない。守衛のおじさんはすぐに降参した。

彼は仲間と少女と凱歌を上げた。

だが、パトカーの音が近づいてくる。なんでわかったんだ。彼は不思議に思いながらも警官たちと、最後まで戦うつもりだった。なのに、武器はモデルガン。マシンガンも銃も重いだけだった。幹部は偽物をくれたのだ。あっという間に、皆、捕まった。

少女だけは刑事とにこやかに握手している。

なぜ、ハナコちゃん?彼は呆然とした。



事件そのものが罠だった。

少女は若くみえたが、22歳の看守だった。彼を誘惑し事件を起こさせ、組織を潰す計画だったのだ。マフィアの幹部たちは、警察の動きに気がついていた。彼らはそれを利用し、跡継ぎの彼を排除することにした。


検事は彼に取引を提案した。組織を解散したら、罪に問わないと。誰も起訴しないと。彼は始め頑強に断ったが、突然条件を飲んだ。

その後、マフィアは№2の男の下で再結成されたらしい。



「わっ、悲惨!」

アレックスが叫んだ。スーキーが、首を振る。

「まだ、意外な事があるのよ。その可愛い美人看守は、フェリシアだったの!」

「ウッソー!」私とアレックスはそれしか言葉が出ない。

「そしてフェリシアに話を持ちかけたのは、マフィアの取材をしていて、内部の情報に詳しくなりすぎた新聞記者だったクライド。マフィアの幹部に罠をかけられ、無実の罪でフェリシアがいる刑務所で服役していたのよ。その頃、彼はハンサムで長身でスマートだったらしい」

「ウッソー」またもや、私とアレックスはそれしか言葉が出ない。

だって、そうではないか。あのフェリシアが麻乃さんや紫さんみたいな美人で可憐で、クライドが天海さんみたいにかっこよかっただなんて・・・ありえない。

「フェリシアはその時、バレエにはまり、事件の後、本格的にレッスンして、名ダンサーになったらしい」

スーキーのつぶやきにも、反応できないほど私たちの脳は停止していた。

ただ私の口から自分でも思いかけない言葉が出た。

「・・・心が壊れたミスター・ボーダー、ブレイクザ・ボーダー・・・」



アレックスがこけ、スーキーがひっくりかえった。

スーキーが起き上がり、そのお下げの髪を振りながら言った。

「だからボーダーはフェリシア夫妻を恨んでいるはずよ。その彼が、新聞社を買ったということは、何か魂胆があるはずだと思わない」
続く