あの子の街(クラブセブン)3 | えみゆきのブログ

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涼風真世さんのファンです。
パロディ小説を書いています

その夜のことでした。

明かりのない真っ暗の中で、大地は何度も揺れました。そのたびに、パックに悲鳴が聞こえてきます。そして、声にならない声も・・・。

「オベロン様が言っていた声だ」

でも声は言葉になっていませんでした。人間たちも気付いていない気持ちなのですから。

パックには黒く低い声に聞こえました。また白く時々、高くなる声に聞こえました。

微かでしたが、それも声なき声でした。



次の日、パックは山の中腹に来ていました。

避難所が点々とあります。

まだ、支援物資は不足していて、人々は食べることに懸命です。それでも、皆、労りあって、少ない食糧を工夫して分け合っています。

「そこの異国の少年、お腹はすいてぇいないんかい」



女の人が声をかけてくれました。

サングラスをかけた派手な服装の細い人です。

「あなたに、僕が見えるんですか」

思わず辺りを見回しました。そこは大きな古い一軒家です。

庭にはかまどが作られていて、大きなお鍋がのっていました。大勢のひとが、お鍋と、その横のたき火を囲んでいました。



でも誰もこの女の人以外はパックに気付いていないようです。

「ああ、可愛い坊やだねん」

・・・話し方少し、変わっています。なんか・・・芝居調。

「僕はパックといいま・・・」

「さっそく、名乗って下さいましたか。それじゃ、こちらも」

女の人はサングラスをとりました。高い鼻が大きな目があらわれました。

「あたくし、旅の一座を取り仕切っている座長、青空すずめと、申します。この街で興行すること20年、今年も海辺の会館貸し切って、初日を迎えたその時に」

すずめさんはそこまで言うと、サングラスを掛け直し首を回しました。

「この世のものとは思えもしない大きな地震。お客様と一緒に逃げて走って登ってきたのが、この古屋敷。一座が寝泊まりするために、いつも借り切ってぇいたのです。幸いなことにここには、事前に公演中の座員の食糧、日常品、蓄えていたのもあって、お客様やその家族や知人、ご近所の方々と」

両手を広げて眼をむきました。サングラスが高い鼻に引っ掛かっている・・・。

「く・く・くらしているのでぇぇございますううううん」



「決めた!かっこいい」パックは思わずつぶやきました。



「待って下さい。監督さん、どこに行くんです」

若者二人が、叫びながら近づいてきました。見れば、初老の男を追いかけています。

その男は、すずめさんの所で立ち止まりました。

「監督、どうしたんで~ございます」

監督は「ふがふが」言いました。パックにはそうとしか聞こえないのですが、すずめさんは違うようです。

「そうかい。うちの若いもんが無理に食事をすすめたのかい。そりょ、食べたくない時もあるもんね。失礼したね。でも、ずっと食べてないよ。少しは食べないと」

「ふがふが」

「そんなことを言っちゃいけないよ。せっかく助かった命だ。『死んでもいい』なんて言ったら、亡くなったおかみさんに申し訳ないのじゃ、ないんかい」

怒っていた監督の顔がゆがみました。でも言っているのはやはり「ふがふが」



「そうかい。あんたが『逃げなくていい』と言い張ったので、逃げ遅れたんだね・・・」

「ふがふが」男はためらいがちに言います。

すずめさんは、その途切れ途切れの「ふがふが」を辛抱強く聞いていました。

男は言い終わると、地べたに座り込んでしまいました。

「それで逃げ遅れてしまい波に襲われた・・・。流れる途中で木にしがみついたが、おかみさんの手を離してしまった・・・。自分を責めているんだね。私が「違う」と言っても自分を許せないんだろう?」

監督は唇をかみしめてうなづきました。



その打ちしおれた様子にパックは胸がいっぱいになりました。なんとか慰めてあげたいと思いました。なのに



「それじゃ、とことんまで苦しみな」

すずめさんが低い声で監督に言い渡したのです。



「座長、それはあんまりでは・・・」

側に控えていた若者も思わず立ち上がりました。監督がより一層、小さくなったように見えたのですから。



「いいんかい監督。あんたも街一番の土木監督と呼ばれたお人だ。解かっているとは思うけど、人間っていうのは業の深いもんだよ。どんなに清く生きようとしても、おのれの業には負ける。いや、それがあるから生きていける・・・。生きてるだけで罪をつくる」

「・・・ふがふが」監督はすずめさんをにらみました。

「そうじゃない。そうしたくないのに、してしまう業さ。たとえば・・・」

すずめさんは遠くの空に眼をむけました。

「修道女の恋。誓いを破ってしまった修道女のように、あんたは自分が許せるまで祈るしかない。とっくに神様が許していてもね」



「・・・修道女の恋・・・」

監督が初めて、聞き取れる言葉を発しました。

茫然としながら歩きはじめました。道路の向こうの階段をトボトボと降りて行きます。

すずめさんは側の若者二人に指示しました。

「後を追いかけな。たぶん、下の公園だろう。でも、声はかけるんじゃないよ。言葉は通り過ぎるだけだから、見てるだけでいい」

二人の若者は頭を下げると追いかけて行きました。どうも、一座の役者みたいです。走り方が、変わっています。上半身を揺らさず足の運びは低いのです。それに・・・あの階段の降り方は・・・。両足揃えて、一段ずつ飛んで降りるなんて!



「すずめさん、通り過ぎないものはなんなの?」

パックは聞かずにいられませんでした。昨日の夜、パックが感じたものが監督の「ふがふが」の口調にあったのです。

「そうだね・・・。言葉ならかえって反発することでも、歌なら・・・。歌なら心に届くかもしれない・・・歌ならねえ」

すずめさんは、そう言い残すと、被災者であふれている家の中へ入って行きました。



「歌・・・」

パックは暗くなっていくがれきの街を見ながらつぶやきました。続く