「ルナ、君はどうしてわかるんだい?私たちは、何を見ていたんだろう」
「まとめて聞いたからよ。とっても強烈な人だったみたいだから、違う方にばかり目が向いていたのね。それに頭の良いレベッカが隠そうとしたのですもの。その場にいたら、私だってわからなかったと思う」
でも、ダニーは気付いていた。病院に行くようにと言ってはレベッカに怒られていたが。
「私からレベッカに言ってくれと頼みにきたこともあった・・・。あの時、その通りにしていれば・・・」
「無理よ、フランク。最初はレベッカさえ気付かなかったのよ。だから、病気だと分かった時、レベッカはダニーの勘に驚いたと思う。そして、恐れた・・・」
「何を?」
「自分に強く依存しているダニーによ。あいまいなうちは、ダニーも希望的解釈で、自分の気のせいだと引き下がったけれど、病気がはっきりしたら、どうなるか。よもや死んだあとどうなるか」
レベッカが重い病気とわかったら、ダニーは全力で治そうとする。イギリス中の病院を周り、闘病することに専念させるだろう。どんなにレベッカが抵抗しても。
そして、レベッカの死後、後を追う。
「レベッカも同じことを考えたんでしょうね。ダニーに気付かれず、でも、死んだ後も生きていけるようにと・・・。肖像画を残し、お屋敷に自分の印を刻みつけて、思い出をたくさん残したつもりだったのでしょうね」
ルナの言葉に、考えてみた。
もし、屋敷をあのまま、レベッカの影を色濃く残していけたら、ダニーは生き続けたのか・・・。
違う。狂っていくだけだ。
レベッカを残そうとすればするほど、レベッカが戻らないことがわかるのだから・・・。
ダニーのレベッカへの愛は、ダニー自身もレベッカも思いもよらない深いものだった。
レベッカのいない新しいダニーの世界を築くなど、無理な話だったのに、私は・・・。
「それにしても、レベッカはファベールに、なぜ来てほしかったのかしら?」
ルナは私の無力感にお構いなしに、また、疑問を口にした。
「それから、フランクの思った通り、マキシムがレベッカを殺したとしても、それは計画的ではなくて、発作的なものよね」
私はうなづいた。それだけは言える。マキシムは故意に人を殺す男ではない。
「レベッカがマキシムを怒らせたんだわ。まるで、殺してほしいと罠にかけたみたいに。たぶん、あの夜、ボートハウスで会ってしまって、以前のような喧嘩が始まった・・・」
「だが、マキシムは友達に言われて、いつも以上に傷ついていた。レベッカは、はっきりと死の宣告を受けたばかりだった。二人とも自分の感情に精いっぱいで、相手の気持ちは考える余裕はなかった」
相手にたいして強がっていたのだろう。
もし、レベッカが挑発したのとしたら、レベッカは、マキシムを罪に陥れたかったのか、それとも夫の手によって死にたかったのか・・・。そもそも、マキシムのことを、どう思っていたのだろう。
ファベールを呼んだのは、マキシムの犯行の証人にしたかったのか、病気を告げて甘えたかったのか・・・。ファベールを愛していたのではないことはわかる。
レベッカがどんな気持ちで、最後の日を過ごしたかは、結局、わからないままだ。
「だけど、これだけは分かるよ。レベッカはマンダレイを愛していた。屋敷も含めてマンダレイはレベッカの人生をかけた作品なんだ」
「ええ、だからこそ、ダニーはせめて、お屋敷だけでも守りたかったのね」
私は、またルナのスケッチを眺めた。美しいマンダレイの自然の中に、レベッカとダニーが幸せそうに佇んでいる絵だ。
「今度は私が守る。マンダレイを守って行くよ、ダニーのために、ダニーが愛するレベッカのために、ダニーの仕事を引き継ぐよ」
私は、こうしてマンダレイの番人となった。次へ